総評

2021年11月   芳賀博子

会員作品第4回をお届けします。ゆにの新たなページをゆったりご堪能ください。ところで会員作品は毎月1日に更新していますが、もちろんバックナンバーもご覧いただけます。画面下の「カテゴリー」の「今月の会員作品」をタップして、お好きなところからどうぞ。

今月の風

狂わない時計を捨てに花野まで
笠嶋恵美子

まずは映像美にうっとり。でも主人公の後ろ姿はなんともあやうい。一刻たりとも狂わない時計に、ついぞ疲れてしまったんだろうか。さても「狂わない」は「狂う」と紙一重で、主人公にも緊張を強いてきた。なのにすぐには捨てられず、捨てよう捨てようと、果てなき花野の一体どこまで歩き続けるのだろう。

あの部屋はタイムカプセルだったのね
本海万里絵

そうね。きっとね。あの日あのとき、すべてを封じ込めて鍵がかけられたのよね。以来もう何年になるかしら。なんてうなずいていたら、万里絵さんからひょいと部屋の鍵を放り投げられた。慌ててキャッチして、鍵は今、私の手の中にあり、開けるかどうかを委ねられている。ほんとに開けちゃっていい?

電波捉えておお!秒針が動き出す
飛伝応

こちらも時を扱った句。長らくガラクタ化してた電波時計が、何かのはずみで動き出したらしい。これはもう、ごく単純な日常報告だったとしても「おお!」、と一緒に嬉しくなる。でも本作の「!」にあふれる喜びには、さらに深読みを誘われた。わずかな電波をとらえて再始動したのは、もしかして恋だったり友情だったり。とすれば秒針のチチチにますます、おお!だ。

傷みだす私の中の夏の空
芝岡かんえもん

永遠と思われた夏の青空が傷みだす。それも自然の摂理なら穏やかに受け入れるしかない。されど、のぞかせてもらった空の、なんて不思議キレイな色合い。そう、たとえば傷みかけの果実が一段と甘さを増すように、この夏空は今が一番美しいのかも。

二死満塁風は吹かない無観客
菊池 京

ピッチャーかバッターか。いずれであれ、ここがまさしく勝負どころ。本来なら満場の大声援に力をもらえるはずなのに、スタジアムは静まりかえっている。もちろんあわよくばの神風も吹かない。つまり恃みは己の力のみ。という緊迫感が生々しく迫りくる。今、「とにかくやる、やるしかない」の局面に立っているのはアスリートに限ったことではない。

ハイボールかざす掌の混沌
森平洋子

グラスをかざす。その仕草にすでに屈託の気配がある。浅い琥珀色越しに眺めている掌の混沌。悩みは手相に出る? けれど句は湿っぽくはない。句跨りのリズムやコントンの語感、なによりハイボールのシュワシュワキラキラが軽やかで、ほろ酔いのひとときにほっとくつろいでいるよう。

逆光の君が静かに責めている
黒川佳津子

逆光より強く刺さる「君」の眼差し。その眼差しを「責めている」と感じる主人公は、すべての非を認めて、やわらかに見つめ返している気がした。本作、舞台装置は何もない。セリフもない。ただ向き合う二人と光が存在するだけの1シーンから、はかりしれない愛や葛藤がひしと伝わってくる。

 

豊穣の秋よ口腔ケア指導
宮井いずみ

「豊穣の秋」と「口腔ケア指導」の取り合わせが楽しいヘルシーな作品。もし上五が食欲の秋ならつき過ぎになるし、近年加齢対策として注目される口腔ケアも、「指導」まで付けたことで、句の印象やユーモア度がぐんとアップした。もっとも口腔ケアは美容にも大変重要、とカリスマ美容家がテレビで力説してたっけ。
さて、各地今年の秋はことにも短いとのことながら、みなさんに豊かな実りがもたらされますように。