総評

2023年1月   芳賀博子

あけましておめでとうございます。
本年も、ゆにをよろしくお願いいたします。

今月の風

あらたまのエマージェンシークッキー数えいる
阿川マサコ

あらたまの、のめでたくやわらかな平仮名を受けるのは防災食品のエマージェンシークッキー。長期保存が可能で、非常時もおいしく栄養がとれるとあって、タイプもいろいろ出ている。それにしても中七ならぬ中十一音。「エ・マ・―・ジェ・ン・シー・・・」と思わず指折りで音数を数えながら、それが下五の「数えいる」とさりげなく連動している気もした。敢えて十一音もの一語を真ん中に据えての危機意識。けれど、まこと備えあれば憂いなしなのだ。

元気でねひっつき虫を背に飛ばす
藤田めぐみ

見送る背に飛ばしたひっつき虫は、主人公の分身のよう。相手は友だちか恋人か。とまれ、ひっつき虫ことオナモミの生えている道端や河川敷でのさよならというのが、キュンと郷愁を誘う。さて本作にはエピローグがある。つまり相手が背のひっつき虫に気付いたとき。そしてはがすとき、相手はどんな表情をみせるだろう。

まだ冬に馴染んでいない首の位置 
小原由佳

馴染んでいない。きっとそれは当人にしかわからない微妙な感覚で、冬の初めは例年こういう調子なのかもしれない。その微妙さがさらりと作品化されて、
私にもあるあると思い当たるフシがある。こちらは毎年冬になるや無印良品定番のタートルネックセーターを新調。首を通せば、まさに首の位置が決まる感じで「冬!」のスイッチが入る。

頬杖はもう似合わない冬の窓
もとこ

窓辺で頬杖をついて、ふとガラスに映った自分と目が合う。鏡よりも正直に歳月を伝えるガラス窓の自分。頬杖が似合い、そんなポーズを愛されてもいたあの頃を思い出しながら、ふうっと吐息で窓を曇らせるアンニュイなひととき。そんな主人公の頬杖もまた魅力的で、BGMにはシャンソンも合う。

クーピーの薄さで描いた私小説 
菊池 京

絵具でもクレヨンでもなくクーピーペンシルをチョイスしている。色のトーンもさることながら「クーピー」のライトな語感にも気持ちが出ている。つまり私小説でありながら、生々しさは極力排して描きたかったのかなと。されど私小説である。どうしても残しておきたい「私」がある。よくよく目を凝らすと、クーピーの薄さの中にはっとする濃淡がある。

名は船子この世で逢えずいた叔母は 
北川清子

「名は船子」で、いきなり惹き込まれた。さて、叔母は主人公の生前に既に亡くなっていたのか、あるいは何らかの事情で一度も逢うことかなわぬまま、旅立ってしまったのか。船子という個性的な名が、さらにドラマ性を深めている。ところで本作は、ある意味その叔母との邂逅ともいえないだろうか。思うこと、詠むことは、逢うことでもあるから。

気がつけばジュラ紀で逢った太郎冠者
落合魯忠

「ジュラ紀」と「太郎冠者」の取り合わせにインパクトがあるも、いたってストレートに読んだ。懐かしい友との再会。時代ぐぐーんとさかのぼって、ジュラ紀なる青春時代には、二人ともナントカサウルス然と、世の中をのしていたと想像。ことにも友は「太郎冠者」的キャラクターでみんなの人気者だったんじゃないかな。はてさて、ここで遭遇したのも何かのご縁。二人でもうひと暴れ、ふた暴れしていただきますかね。

 

桃缶を新薬として推してみた 
澤野優美子

桃缶を新薬に!? 確かにたとえばフサギの虫にやられでもしていて、「これ、効くよ」なんて桃缶を差し出されたら、たちどころに復活できそうではある。ふと、さくらももこさんのエッセー集『もものかんづめ』を思い出した。爆笑しながらページをめくったっけ。掲句の桃缶にもユーモアの蜜がたっぷり入っていそうで、かなりいろんな症状に効く気がしてきた。うん、この「推してみた」にノッてみよう。