不器用に生きる大きな音を出し
樋口由紀子
樋口由紀子さんが逝去された。
喪失感とともに、ある日の姫路城を思い浮かべている。
※ウラハイ = 裏「週刊俳句」: ●追悼・樋口由紀子 週刊俳句関連リンク集
樋口さんとの出会いのなかで、
一度だけ、一対一でお話を伺う機会を得た。
コロナ禍の前年。
当時、私は俳句雑誌に川柳エッセーを連載しており、
各地を訪ねて、会いたい川柳人にインタビューを重ねていた。
樋口さんは同じ時実新子門の大先輩でありながら、
師事した時期の重なりはごく短く、
一度、じっくりお目にかかりたいという願いがかなった。
場所は、氏の地元の姫路のカフェ。
大きな窓から、姫路城が見えた。
樋口さんと川柳との出合いは、時実新子の句集『月の子』。
当時28歳、育児に追われ、自分を見失いそうになっていた頃、
手に取った一冊に、全身を貫かれるほどの衝撃を受けて入門。
が、いつしか「思いを詠む」のが何より優先されることに
物足りなさを感じ、師とも距離を置き、
他ジャンルとの交流を始めたという。
そして俳人・攝津幸彦と出会い、傾倒。
けれど「川柳の自由に惹かれ」、
川柳の良き仲間たちとさまざまな活動を展開した。
カフェで持参した3冊の句集を広げた。
『ゆうるりと』(1991)、『容顔』(1999)、
そして19年ぶりとなる『めるくまーる』(2018)。
第一、第二句集を手にとって、
「あ、懐かしい。
どっちも一所懸命作ったなあ(笑)。
けど一冊目は思いが強すぎるし、二冊目はまだかたい」
ジャンルとして
「川柳はまだまだ化け切れていないと思うね。
川柳はほんとに何でもありで、
この自由にもっとたくさんの人が気付いてほしいし、
次の世代にも伝わっていったら嬉しいね」
その言葉は、翌年
『金曜日の川柳』(樋口由紀子編著 左右社)という
アンソロジーに結実し、反響を呼び、
広く「川柳」が注目される一冊となった。
さて、今日の一句は
第一句集の巻頭を飾る作品だ。
まさに思いの凝縮。
しかしとてつもないポテンシャルをはらみ、
「樋口由紀子」の原点であり、覚悟の表れとも受けとめる。
大きな音は、解き放たれ、
さらに、新たな自由をひらいてゆく。
(句集『ゆうるりと』樋口由紀子 私家版 1991)
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