2026年10月の会員作品を読む

2026年10月   山崎夫美子

今月の風

広々と男の日傘過ぎてゆく
小原由佳

酷暑でニーズが高まっている男性用日傘。しかし、日傘=女性という認識や、持ち運びの不便さでその利用率はまだ低い。そんな状況を打破するがごとく、男の日傘が通り過ぎてゆく。メンズ日傘ではなく「男の日傘」がいい。そして、怯むことなく闊歩する姿を「広々と」の表現が後押しをしている。さりげない日常の今!を取り上げて、カッコ良い一句に仕立てられている。

ぬくもりがまだ残っている割れガラス
笠嶋恵美子

割れガラスの原形は何だったのだろう。思い出深い大切な一品だったに違いない。欠片を拾い集めながら、ふと感じるぬくもり。割れた直後ならそれもありえるが、「まだ」の時間感覚が人によってさまざま。透明感のある美しい色合いと、そこに残るぬくもりの記憶は触れるたびに蘇える。たとえ尖った欠片であったとしても。

流星を夜空に貼り直す仕事
たかすかまさゆき

夢のある仕事だけど危険がいっぱい。超高速の流星を集めるのも、夜空に貼り直すのも大変な作業だ。でも流星にユニークな名前を付けながら貼るのも楽しいし、どの辺りに散りばめるのかセンスが必要だし、やりがいはあるよね。貼り直せたら拍手喝采。いつもは地球の片隅で生きている感じだけれど、宇宙サイズで思考するヒントをもらった気分になった。

おろおろ生きる季節はさりさりと流れ
浅井ゆず

おろおろ生きると言いながら、うろたえている様子はなく、ここまで生きてきた人生に清々しい風が吹いている。おろおろという心の動きと、さりさりという感触が、相反するようでいてしっくりくる。季節に癒され、時に翻弄されながら生かされているのだ。「さりさり」が上質な季節を演出していて、真摯に生きる姿を映し出している。

違いますこれはスペアの方の唇(くち)
小沢 史

ミステリアスな切り口で、多義的な読みを誘う句。物質的なスペアであれば安心で助かるけれど、例えば恋人のスペアだったらかなり失礼な話。迂闊なことを口にして「しまった!」と思いつつ、「あ、今のは私のスペアの唇から出た言葉で、私じゃないです」なんていうのもアリ。ひょっとして話題のドラマ「VIVANT」のFのような展開もあったりして。考えるほどに結論にたどり着けない。

紙飛行機しぶしぶカーブ切ってゆく
石野りこ

時間をかけて丁寧に折った自信作の紙飛行機。いざ飛ばすと頼りなさげに、予期せぬ方向へカーブを切ってゆく。「しぶしぶ」はそんな気持ちを表現しているのかも。この句の紙飛行機は、仕事や恋・家族や友達関係と同じだ。納得しないまましぶしぶカーブを切ることだってある。「人生は紙飛行機」という歌のフレーズが浮かんで、知らぬ間に口ずさんでいた。

さようなら うしろ姿の月を見る
芝岡かんえもん


川柳の醍醐味がここにもあった。後ろ姿の月を見たことがあるかを問われたら、困ってしまう。見た気もするし、見ていない気もする。宇宙飛行士なら「月の裏側」を見たかもしれないが、ここでは「後ろ姿の月」にこだわりたい。見る人の気持ち次第で表情を変える月。さようならの余韻と一字空けが、うしろ姿の月を肯定している。

あっ野分の予感虎屋の羊羹
朝倉晴美

虎屋の羊羹をいただきながら、「あっ野分の予感」とつぶやく。まるでテレパシーの世界。「あっ」が前向きで明るい雰囲気を伝えている。「野分」と「虎屋の羊羹」の取り合わせの妙を味わう一句。野分とは即ち台風のことだが、台風の脅威を詠むというよりも、ごく日常のなかで雅趣を楽しんでいるように受け止めた。だからこそ古い言葉の野分が効いている。

SPとなーんか相性が悪い
芳賀博子

「なーんか」の間延びした言い方だと、さほどSPと依頼者の間に深刻さはないようだ。身を挺して守ってくれるSPと相性が悪いなんて。わがままなのか好意の裏返しなのか。いずれにしても緊張を強いられるSPの仕事。イメージが先行して、勝手に相性が悪いと決めつけていたりして。でも、相手のSPさんだって「なーんか相性悪い」と叫んでいるかもしれない。