今日の一句 #530

手を離す肺腑に触れたようなので    松田俊彦

打ち明け話などきくうちに、二人の距離は縮まっていく。
手を伸ばせば触れられるほどに。


ふと手を伸ばした。
やわらかに触れる。
しかしその手は、はからずも心の奥底にまで届いてしまったよう。

それはぞっとするほど冷たいのか
やけどするほど熱いのか。

肺腑なる一語のもつ、なまなましさ。
でも、もしかしたら相手は
そこにこそ触れてほしかったのかも。

手を離すその一瞬にも複雑な機微が交錯し、
改めて大人の一句だなあと思う。


本作は松田俊彦さんの遺句集より引く。
奈良番傘の会長など、要職を務められた俊彦さんは
元「川柳大学」の会員でもあり、
小さな句会や勉強会などもご一緒させていただいた。

いつもジェントルマンで、いてくださると
会の空気がなごやかに引き締まった。


2012年に75歳で急逝され、以来10年が経つ。
氏の愛用したツバメノートを模した遺句集にタイトルはなく、
表紙にはシンプルに、自筆の名前のみ。
そして開けばこんな一行が。
「今、静かなるK点へ」


 きりんの死きりんを入れる箱がない 
 片方の靴はまっすぐ行きたがる
 もうすこし鎖を長くしてあげる
 八朔をちぎってくれた姉のゆび


(松田俊彦句集/発行 with えんの会 2013年10月)
 

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