手を離す肺腑に触れたようなので 松田俊彦
打ち明け話などきくうちに、二人の距離は縮まっていく。
手を伸ばせば触れられるほどに。
ふと手を伸ばした。
やわらかに触れる。
しかしその手は、はからずも心の奥底にまで届いてしまったよう。
それはぞっとするほど冷たいのか
やけどするほど熱いのか。
肺腑なる一語のもつ、なまなましさ。
でも、もしかしたら相手は
そこにこそ触れてほしかったのかも。
手を離すその一瞬にも複雑な機微が交錯し、
改めて大人の一句だなあと思う。
本作は松田俊彦さんの遺句集より引く。
奈良番傘の会長など、要職を務められた俊彦さんは
元「川柳大学」の会員でもあり、
小さな句会や勉強会などもご一緒させていただいた。
いつもジェントルマンで、いてくださると
会の空気がなごやかに引き締まった。
2012年に75歳で急逝され、以来10年が経つ。
氏の愛用したツバメノートを模した遺句集にタイトルはなく、
表紙にはシンプルに、自筆の名前のみ。
そして開けばこんな一行が。
「今、静かなるK点へ」
きりんの死きりんを入れる箱がない
片方の靴はまっすぐ行きたがる
もうすこし鎖を長くしてあげる
八朔をちぎってくれた姉のゆび
(松田俊彦句集/発行 with えんの会 2013年10月)
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