何人を忘れただろう稲荷ずし 西 恵美子
甘辛く煮た薄揚げに、酢飯を詰めている絵が浮かぶ。
慣れた手つきに歳月が重なる。
つと来し方を振り返り、
何人を忘れただろう、
と心のうちでひとりごちれば
いくつかの顔がぽっと思い出されもしているだろうか。
そしてそう、こんな風に自身もまた、出会ってきた人の記憶の中で
消えてしまったり、ふいに甦ったりしている、
と思うと、そのどちらもが、出会いの妙と感じ入る。
作者の西恵美子さんは、本作を含む10句で
昨年、第10回東北川柳文学大賞を受賞された。
こちらがその受賞作。
「薄明り」
走り梅雨ひとりっきりの小舟曳く
何人を忘れただろう稲荷ずし
カランと氷 追憶はいつも雨
遠雷や水蜜桃は食べ頃に
泣いてない少し散っているだけです
豆を煮る夕映えいちまいを入れて
会者定離フトンはいつも柔らかい
金平糖になり損なった薄明り
引き潮が劇場になる一ページ
流灯や赤い鬼灯青いほおずき
本賞は東北川柳連盟主催。
副賞として川柳句集の無料発行権が授与され
西さんは句集『分母は海』を上梓され、
受賞作ももちろん収載されている。
平明なことばをもって静かに深く沁み入る句集。
さて連盟では、
「東北川柳界の活性化と有力作家の発掘を目的」とし、
ただいま第11回東北川柳文学大賞募集中です。
応募資格は「東北6県の在住者(災害による避難先は可)」。
対象の方は、ぜひふるってどうぞ。
(第10回 東北川柳文学大賞
句集『分母は海』西 恵美子/東北川柳連盟 2021年)
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