総評

2023年4月   西田雅子

4月の会員作品をお届けします。
春爛漫、ゆに作品も満開です。

今月の風

予定通りに終わる桃の缶詰
重森恒雄

仕事でも趣味でも、何かを予定通りに終えた達成感と充実感。少し心残りもあったりして。それは、桃の缶詰と重なるのかも。生の桃は出回る期間も短く、傷みやすい。が、桃の缶詰は、ふっくらとした曲線を残したままにカットされ、つややかに、甘みも増して長期保存されている。予定通りに終えた達成感、充実感、そして少しの心残りも長い間、心のどこかに保存される。

いま春がカミングスーンと囁いた


春の訪れは、新しいスタートや希望の象徴でもある。春が耳元で「カミングスーン」と囁いた。待ち遠しい春がいつもより少し早くやってくる。風の中に、春の気配を感じたのか、空気に、日差しに感じたのか。春の兆しを感じるその瞬間、春が「カミングスーン」と囁く。じきにSpring has come!に。春が来た!

三月のりんご異界を鷲掴み
宮井いずみ

りんご、その愛らしく、ときには凛とした佇まいは冬の果物の人気者。そんなりんごの旬は冬(りんごの季語は秋)。でも、三月のりんごはちょっと様子がちがうよう。そういえば、旧約聖書にあるアダムとイブに出てくるりんごや、白雪姫が食べさせられた毒りんご、はたまたパソコンやスマホのロゴに見かけるアップルのマーク…。これらは、ひょっとして三月のりんごの仕業?非日常の世界―異界を鷲掴みにしている三月のりんご、恐るべし。

噴水がイキイキし出すEメール
藤山竜骨

よほど嬉しい知らせのEメールなのだろう。体の内側から喜びがあふれ、勢いよく湧きあがる。噴水が噴きあがるように。それは回りにも広がり、みんながイキイキハッピーに。そんなメールをたくさん受け取りたいし、こちらからもそんなメールをたくさん送りたい。喜びはシェアしないと。

身に覚えないのに水が漏れている
笠嶋恵美子

水漏れの原因はわからないことも多い。天井からポタポタ、あるいはじわっと染みが…。雨漏りなのか、それとも上の階のどこからか漏れ出して、天井を伝ってきたのか。家も身体も定期的にメンテナンスはしてきたつもり。自分の身体のどこから水が漏れているのか、身に覚えがない。困った。自分でも気づかない心の満たされない状態が水漏れという感覚なのか。今も、ポタッ、ポタッと身体の、心のどこからか水の漏れている音が…。

花びらの単語となえてペダル漕ぐ
森平洋子

花びらは英語で、ペタル(petal)。自転車を漕ぎながら、自転車のペダルと花びらのペタルと音が似ていることに、あっ、と気づく。小さな嬉しい発見。春風を切って、桜の花びら舞う中、ペタル、ペタル、…ととなえて漕いでいるのかも。春の爽快感、軽やかさ。

はさみ揚げ蓮根ほどの板挟み
林 操

カラッと揚がった蓮根のはさみ揚げ。あのシャキシャキとした蓮根の食感。蓮根の旬は秋から冬にかけてだが、今では一年中食べられる。ここでは「板挟み」とある。家庭と仕事の板挟み、仕事と育児、介護の板挟み等、人それぞれいろいろである。「蓮根ほどの」とあるので、挟まれて自由が制限され、窮屈ではあるが、まあまあこんなものかとあきらめているのか、悟っているのか。揚げたてのはさみ揚げの蓮根のように、サクッと乗り越えられそうな気がする。

春の雨墓はゆるやかに傾ぐ
浅井ゆず

やわらかい春の雨が降る中のお墓参り。そのやわらかさに誘われて、お墓の方から話しかけてくる。ゆるやかに優しく少し傾げて。あんなこと、こんなことと思い出しては懐かしく話しかける。あるいは、こちらの話を頷きながら、ただただ耳を傾けているのだろうか。春の雨の中、お墓との静かな対話は続いてゆく。