2025年2月 山崎夫美子
今月の風
齢とは ほら、こんなにも綻んで
吾亦紅
年月を重ねるにしたがって意識し、存在が大きくなっていく齢という言葉。避けては通れない道を、嘆くことなく、怯むことなく、受容していることに静かな意力を感じる。あちらこちらで起きる不都合を綻びとして、おおらかに生きる根雪のような強さが伝わってきて嬉しくなった。「ほら」「こんなにも」の選択と一字空けが、やさしい響きと眼差しをもって、齢を味方につけているように思える。
さみしさの「浮き」が動いている深夜
杉山昌善
いつから仕掛けた浮きなのだろうか。さみしさは長く続いているのであろうか。動くとすれば深夜しかないはず。などと思考を突き詰めて、自身の中で禅問答のように繰り返されていく。初見での共感と納得は、水面のざわめきに過ぎないのかもしれない。さみしさの「浮き」が、胸中に確かな重力をもって浮標しているのが魅力的だ。
生ハムの花びら用意した返事
斉尾くにこ
特別な日に作る生ハムのバラはキュートで美味しそう。華やかな祝いの食卓にひと際輝きを放っているが、はてさて用意された返事はどうなのか。どんでん返しがありそうな、そんなミステリアスな雰囲気が漂ってくる。生ハムの花びらが崩れたり、色褪せてしまったりするまでに、返事が聞けますように。
嘴を外して喪服さっと脱ぐ
真島久美子
鳥の嘴は餌をとり、水を飲み、羽の手入れにも使うが、硬いので突けば武器にもなる。そんな嘴をつけて喪に参列するのは、挑発なのか、防御なのか、いずれにしても、終われば何事もなかったように嘴を外し、喪服をさっと脱ぐなんてかなりの確信犯だ。喪の席のしがらみを抜けて、喪服を脱ぐまでの場面構成に無駄がなく、嘴がしっかりと役割を果たしている。
主成分ビタミンCの人がいる
伊藤良彦
清涼感あふれるイメージがするけれど、そもそも主成分がビタミンCの人ってどんな人?難しい宿題をもらった気分で、他のビタミンに置き換えてみたがしっくりこない。やっぱりビタミンCが必然なのだろう。そして、周りを見渡せば、それらしき人がいるような気がするから不思議。あまり馴染みのない「主成分」に距離を感じたが、読むほどに味わいが出て親しみが湧いてきた。
自己中な右手を左手に吊るす
須藤しんのすけ
どんな状態なのか、実際にやってみてふっと笑ってしまった。これでは作句者の思うつぼではないか。自己中を認識している右手を、左手に吊るしてワガママを抑えたいのだろうが、ぶら下がってこられた左手にも立場はあるのだ。「さあ、どうする〇〇」のキャッチフレーズを思い出した。自己中な右手が何かをしでかしそうで落ち着かない。
雪深し天人は目を閉じました
大竹明日香
この冬は降雪量が多く、雪下ろしの大変さと、事故が起きていることをニュースが伝えていた。それだけに「雪深し」に、例年とは違う切実な願いを込めてしまいがちになる。雪と闘う人々を横目に、天人はなぜ目を閉じたのだろうか。などと恨めしくも思えてくる。しかし、本当は人々の安寧を祈って、静かに目を閉じただけなのだ。雪と天人の幻影的な情景がそう語っている。
呼吸する(とりとめもなく)鳥になる
たかすかまさゆき
遥か昔から、自由に空を飛ぶ鳥は人間の憧れの対象だった。さてこの句、「呼吸する」と「鳥になる」が、「とりとめもなく」を引き合っていて面白い。一読では「呼吸するうちに鳥になった」と解釈して、「とりとめもなく」に重きをおかなかったが、しだいにキーポイントであることに気づく。括弧がしっかりと活躍していて、言葉を意味あるものにしている。
十二年かけて明るい蛇が来る
小原由佳
いいなぁ、いいなぁ。明るい蛇が来るなんて。十二年ぶりに凱旋した蛇が、パレードで笑顔を振りまいている姿を思い浮かべたのは私だけかも。蛇に抱かれがちな陰湿なイメージが「明るい」の言葉ひとつで反転したのはさすが。「十二年かけて」と表現するところにも巧さを感じた。平和で災害のない年になるように、みんなの心を奮い立たせてくれたのですね。