2026年1月 山崎夫美子
今月の風
明日を待つ微熱ももいろ雪問答
吾亦紅
微熱ってどんな色だろう。考えもしなかったが、ふんわりとした温かさと、優しい気持ちになる桃色なら、熱への不安も和らぐように思える。微熱は身体が発しているサインでもあるし、新しい年を迎える高揚感からの微熱ともとれる。雪に囲まれながら、不安や希望への揺らぎを自問自答する暮らしがある。明日を、新しい年を、そして春を待ちながら、雪問答は続いていく。
デパートの香り震えが止まらない
石野りこ
デパートの香りといえば、化粧品売り場が真っ先に浮かぶ。売り場の階付近に近づくと、様々な香りが我先にと主張しつつ、うまく共存している不思議な領域だ。踏み入れると、人間よりも香りの賑やかさに圧倒される。そんな場所で震えが止まらないと言い切っているが、震えるほど好き?それとも嫌い?その答えがとても気になる。好みの香りを買ったのか、売り場を素通りしたのかが。
どうやら君はきめかねている生き様を
堀本のりひろ
決めかねているのは大切な存在である君よりも、事態を静かに見守りながら、その場で足踏みをしているアナタではないだろうか。「どうやら」の不確実性と、「決めかねている」の逡巡の中で、君の生き方に寄り添うアナタがいる。生き方が過程なら、生き様は生きてきた結果だという。今までの生き様に後悔はないと思うが、これからをどう決断するのか。生きていくのは悩ましい。
リーフパイ跡を濁して立つ流儀
黒田弥生
リーフパイを食す一連の所作を、流儀というオシャレな言い訳で、バッサリと斬っている。何層にも折り重ねたパイ生地ゆえに、サクサクとした食感は美味しいが、パラパラと落ちる。悪気がなくても、結果がそうなってしまう申し訳なさがあるが、ここは開きなおるしかない。一応の気遣いをして立つしかないのだ。それを流儀としながらも、去り難い生真面目さが感じられる。リーフパイには用心を。
解かれたリボンのしわもクリスマス
小原由佳
イルミネーションが輝き、クリスマスソングが賑やかに流れ出すと、街も人もクリスマス一色になる。本来のクリスマスの意味や過ごし方とは違って、商業志向に踊らされている気もするが、行事の一環としてのクリスマスは楽しい。掲出句に強い語調はなく、サラリと詠んでいるが、味わうほどに視点の確かさに納得させられる。「リボンのしわもクリスマス」の表現が何とも素敵。
半ドアのままで水平線超える
河村啓子
水平線を超えるという言葉には、限界を突破することや、心の壁を乗り越えるような、精神的な挑戦を表すことがある。そして、超えた先には新しい発見や成長が待っている。とはいえ、若ければドアを全開にして超えられても、今は半分しか開けられないかもしれない。逆に年の功もあって、半ドアで十分役目を果たせることだってあるはずだ。含みをもった「半ドアのままで」が何とも味わい深い。
ヒュルヒュルと電線泣かせ師走風
森 廣子
値上げの波や新政権の誕生など、いろいろあった一年を振り返る師走。寒風に抗うように顔を上げると、電線が激しく揺れている。弛みながら、撓りながら、耐えているようでもあり、訴えているようでもある。ヒュルヒュルと風に巻かれて戸惑うのは、電線だけではない。日々の暮らに邁進しながら、この国の在り様に一喜一憂する私たちがいる。師走風は厳しさを増して迫ってくる。
改行を踏み外してるボンボンショコラ
西田雅子
グリコじゃんけんの遊びみたいに、ボンボンショコラの語感が心地よく響いた。そんな調子で改行もスムーズにいくはずが、テンポが良すぎて踏み外してしまうなんて。適切に改行が出来なかったら、すっきり読みやすい文章にならないなどと心配をしたが、実は、小箱に並んだボンボンショコラを落としそうになって、中身が崩れた状態を指しているようにも思える。ボンボンショコラって憎めない。
やなせと谷川読む泣く笑う十二月
朝倉晴美
アンパンマンのやなせたかしと、詩人の谷川俊太郎の意外な組み合わせ。年末の片づけをしていて、偶然出てきたのがやなせと谷川の本だったかも。ページを繰って読み進むたびに、泣いたり笑ったりして片づけがなかなか終わらない。年末のあるある場面だ。慌ただしさや一抹の寂しさなど、諸々がミックスされた独特の空気感が十二月にはある。やなせと谷川と私との三人の時間が過ぎてゆく。

