漬物のさびしさとてもおいしくて
竹井紫乙
川柳や俳句の入門書には
「さびしい」「うれしい」「かなしい」「たのしい」など
感情を直接言わない方がよい、と書かれている。
私自身も、ひとつの基本として心がけている。
ただ、もちろん例外もあって、
その”直接”を、むしろ味わいに変えてしまうケース。
さみしさの神戸元町シャーベット 時実新子
さて、掲句はどうだろう。
「漬物のさびしさ」の”さびしさ”は、
直接どころか、多義的で謎めいている。
漬物しかない食卓のさびしさ、
ひとりで漬物をつまむさびしさ、
あるいは漬物という食べ物がもつ、
潜在的な翳りのようなさびしさ。
そこへ「とてもおいしくて」が続く。
これまた漬物がおいしいのか、
さびしさがおいしいのか。
句を噛むほどに、
感情と味覚がないまぜになり、
不思議な風味がパリパリと口中に広がる。
(句集『菫橋』 竹井紫乙 / 港の人 2019年)
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