2026年3月 芳賀博子
今月の風
二ン月の鬼門も過ぎて拭くガラス
北川清子
特に理由はなくとも、なんとなく相性のいい月もあればそうでない月もある。いろんなバイオリズムが作用しているんだろうな。さて作者にとっては二月が鬼門らしい。けれどなんとか穏やかにやり過ごし、気分をリセットする。まずはガラスを拭いてみれば、部屋中にみずみずしい光が満ち、心の曇りもどんどん晴れていく。この、どんどん、みるみるの感覚も春だ。
雛祭り部長に話しかけてみる
石野りこ
めずらしくこちらから話しかけてみようとしたのはなぜかしらん。たとえば、女性部長のデスクにミニ雛が飾られていたからとか、おやつに雛あられが配られたからとか。はたまた男性部長にお嬢さんが誕生して「初節句ですね」なんてひと声かけたくなったからとか。ともあれ「雛祭り」がちょっとしたコミュニケーションのきっかけになっているとは楽しい。それからそう、一瞬「雛祭り部長」と読めてしまったのも愉快。
バカやって終わろそうだなサンバとか
本海万里絵
「バカやって終わろ」「そうだなサンバとか」と、二人の会話のみの構成がユニーク。おりしも卒業シーズン、解散シーズン。このまま不完全燃焼で終わるのもなんだかなー、と二人の気分は一致した。「サンバ」が妙案といえるかどうかはビミョーだけれど、いまひとつ冴えず、弾けきれなかった日々も、遠い未来から振り返れば、きっと鼻の付け根がツンとくるほど懐かしい。
ぷわぁーと夫ひやぁーと私みゃーと猫
川田由紀子
こちらは、吹き出しのみのマンガチックな構成が目を引く。二人と一匹、同じ出来事に遭遇したのに、三者三様の反応が可笑しい。いったい何があったんでしょうね。さらに並びの順にも注目したい。何かに出くわし、一番前に立たされているのが夫、夫を楯にするように妻、その妻の足許から猫が冷静に顔を出している。たった一句、たった一景にも、常日頃の絶妙なパワーバランスがのぞく。
出る杭になれと師匠は言い残し
飛伝応
流麗な書のごとき句に見入る。「出る杭になれ」と弟子に伝授した師匠自らが、出る杭としてさまざまな逆境を乗り越え、道を切り拓いてきた人だったのだろう。師が旅立ってのち、いっそうその存在の大きさを噛みしめている。ひるがえって一門弟としての自分はどうであったか。「言い残し」に続く余白には、寂寥とともに良き師に巡り会えた喜びもしみじみと滲み、余韻を深めている。
空席がわらえば列が消えるけど
山本絲人
学校怪談のようなゾクリを覚える。「わらえば」は平仮名表記になっていて、読みながら勝手に漢字変換してみた。笑う、嗤う、あるいは「わら」とルビを振って「微笑う」。でも漢字にすると感情を伴ってしまい、この虚無感は表現されない気がした。つまり空席はからっぽのまま。だからわらうことはなく、列が消えることもない。ゆえにいっそう不穏で、胸の内をざわざわと波立たせる。
先人のカップの取っ手かもしれん
岩田多佳子
うんうん、かもしれんし、じゃないかもしれん。でも見つけちゃったんですね。ともあれ「先人」と「カップの取っ手」のもつ意味や価値をはかりながら、はてどうしたもんだろう、とお悩みの様子に、くすっと笑いながらシンパシーを覚える。メルカリなどが登場して以来、ただのガラクタと思っていたものが、ときにとんでもないお宝になることがわかった。さりげなく時代も感じさせる一句。
鉄人様 スタンディングオベーション
渡辺かおる
本作は「今月の会員作品」一句目の〈鉄人に拍手している新長田〉に続く二句目。つまり鉄人は、神戸市の新長田にある「鉄人28号モニュメント」を指す。神戸出身の漫画家・横山光輝氏の代表作『鉄人28号』を原寸大で再現したこのモニュメントは地域の復興のシンボルとして2009年に誕生し、地元はもとより観光客にも親しまれ続けてきた。作者は、そんな鉄人を仰ぎ見ながら惜しみないスタンディングオベーションを送る。今日もどれほどのパワーをもらったことだろう。
草木にも冷蔵庫にも手を合わす
浅井ゆず
日々の平穏ありがたし。万物への感謝が境地となり、ユーモラスに詠まれている。厳冬もものともせず、しかと芽吹く草木たち。そして、耐用年数をとうに過ぎながらも、黙々と24時間働き続ける冷蔵庫。この「冷蔵庫」の登場がいささか唐突に見えて、生活感が漂い、かえって印象に残る。こうした「ちょっと変」に、句のリアルが宿る。

