げんこつで人を殴ったことがない
野沢省悟
手の姿がふたつ浮かんだ。
ひとつは、やさしい手だ。
つまり人を殴ったことはある。
けれど、げんこつではない。
げんこつは相手に決定的なダメージを与えてしまう、越えてはならぬ一線。
そしてその手は、殴ったときの痛みや後味の悪さを今も憶えている。
もうひとつは、強い手だ。
人以外には、げんこつを躊躇しない。
たとえば世の理不尽やときに権力にも抗う反骨の手。
主人公の人柄を物語りつつ、
そのどちらの手にも時代の今が重なる。
平明であるゆえに、危機感が静かに深くにじむ。
本作は、先ごろ発行された「触光」89号より引く。
主宰・野沢省悟氏の新作よりもう一句。
戦争のない国で旅終れるか
(「触光」89号 川柳触光舎 2026年3月)
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