2026年7月の会員作品を読む

2026年7月   西田雅子

今月の風

あじさいの時差に瞼は閉ざされて
たかすかまさゆき

雨の花ともいわれるあじさい。咲き始めのやわらかなライトグリーンから、開花が進むにつれてピンク、紫、青へと彩を深め、やがてくすんだアンティークカラーになって枯れてゆく。その色の移ろいを「時差」とした感性が新鮮で印象的。「瞼は閉ざされて」からは、眠りというよりも、現実からそっと距離を置くようにも見え、あじさいの刻む花時間へ身を委ね、意識は内なる世界へ。梅雨ならではの静謐で奥行きのある情景と心象が描かれている。

にくしんを卵パックに追い詰める
小沢 史

「にくしん」とひらがな表記にしたことで、「肉親」という重い言葉がどこか生々しく、また頼りなげな存在として現れる。「卵パック」は、一つ一つが仕切られた小さな居場所。たとえば、高齢の両親が入院、あるいは施設で暮らしている情景を重ねると、家族が望んでいるわけではなくても、別々の場所へ託さなければならない現実を映しているとも読める。卵は壊れやすく、丁寧に守られるべき存在で、まさに安全のための卵パック。同時に、自由を制限し、人と人を隔てる容器でもある。「追い詰める」という強いことばには、どこかうしろめたさや罪悪感を抱える切実な思いが滲んでいる。

戒厳令にくちづけている反抗期
下野みかも

強く硬質な響きをもつ「戒厳令」と、親密でやわらかな行為の「くちづけ」、さらに揺れ動く心の時期を表す「反抗期」という、異質なことばが鮮やかに組み合わせられている。反抗期といえば、親や社会、権力への抵抗を思い浮かべるが、この句ではむしろ「戒厳令」にくちづけているという逆説的な姿が描かれ、規則や抑圧に危うい憧れを抱き、近づいてしまう複雑な心理とも読める。若さとは、ただまっすぐに自由や解放を求めるものでなく、ときに権力に惹かれる矛盾をも抱えているーそんな青春の繊細な心の動きを感じさせる句。

バー低くしなはれ跳ぶんなら、ホント
田尾八女

関西弁の「しなはれ」と、最後にさりげなく添えられた「ホント」が心地よい余韻を残し、肩の力を抜いてくれる人生訓のような一句。ここでのバーの高さは、目標や理想、自分に課した基準なのか、高すぎる目標を掲げるよりも、まずは無理なく越えられる高さから始めてみようという現実的で温かい励ましが感じられる。また、「跳ぶのならバーを低くしなさい。」と言い切るのでなく、「バー低くしなはれ跳ぶんなら」という柔らかな関西弁の言い回しが、押しつけがましさを感じさせない。さあ、跳んでみよう!

言い訳の雑さつついてくるカラス
黒川佳津子

その場しのぎの言い訳が、自分でも苦しいと感じているところを、カラスが執拗につついてくる。カラスが嘴でごみ袋を何度でも突く仕草と、言い逃れのほころびを容赦なく突かれる感覚とが重なり合う。「言い訳の雑さ」という表現が巧みで、取り繕ろうとしたことばの粗さまで見透かされているようだ。ここでのカラスは、心の内なるもう一人の自分なのかもしれない。日常の小さな後ろめたさや居心地の悪さを軽やかに描いている。

ひらがなのジャングルジムは滑るから
宮井いずみ

「ひらがな」を「ジャングルジム」に重ねることで、文字そのものが遊具のように立体化され、ことばの世界が身体感覚へと転化される。けれど、「滑るから」のひと言から、遊びの軽快さと同時に、危うさや落下・転倒も予感させる。骨組みがしっかりしていそうな「漢字のジャングルジム」でなく、やわらかな曲線で構成される「ひらがなのジャングルジム」がポイント。ひらがなという文字と、子どもの遊びを結びつけることで、ことばと遊ぶ楽しさと、不安定さを捕らえた一句。

椅子一つ用意して待つ花火の夜
森 廣子

花火の始まりよりも「待っている時間」の豊かさ。「椅子一つ」という具体的な物の提示が、花火というビッグイベントに対して、控えめさを際立たせている。「用意して待つ」には、急がず、騒がず、それでも静かに期待を抱いている時間の流れが滲む。花火の音と光の華やかさの対比としての、待つ側の静けさが、より深い余韻を生む。誰かと並んでみるのか、一人で過ごすのかは明示されないまま、椅子一つがポツンと置かれている。

レッカーに曳かれ見知らぬ町の雷
山崎夫美子

「レッカーに曳かれ」とあるので、事故や故障で自力では走れなくなった車。JAFを呼んで、レッカー車に牽引され、移動する状況だろうか。その上、搬送先として連れていかれた場所は「見知らぬ町」。突然放り込まれ、日常から切り離された不安定な場所。そして、決定的なのが「雷」。見知らぬ町の空に響き渡る雷鳴と閃光は、心細さや不安を増幅させる。孤独と緊張感が伝わってくる。

月見草手紙はいつも書き下ろし
芳賀博子

月見草は、夏の夕暮れに咲き、夜明け頃にはしぼんでしまう「一日花」。一夜限りの開花は、まるで自然がその日だけの「手紙」を届けているよう。同じように咲いているようでいて、昨日とも今日とも違う。その日の風や光、その日の気配を映した、まさに「書き下ろし」の一通。「書き下ろし」という出版用語のようなことばと、月見草という古風で可憐な花との意外な結びつき。この取り合わせによって、月見草が小説家か詩人のような存在になり、「今夜の一通」を静かに綴っている姿が浮かび上がる。