総評

2022年10月   芳賀博子

10月の会員作品をお届けします。
ゆにも個性たわわに実りの秋です。

今月の風

異人館育ちのように神戸っ子 
黒川佳津子

「わたし神戸っ子」と名乗るとき、ちょこっとドヤ入ってる? と自問して、あー入ってるかもと苦笑する。はい、当方、神戸っ子なんですよ。もちろん異人館育ちでもファッションの先端を行ってるわけでもないんで、本作の皮肉にウケました。でも句にはさりげなく地元愛も込められているようで、ひょっとして作者も神戸っ子かしらん。ところで、全国旅行支援がいよいよスタート。神戸には関西ならではのディープな見どころも盛りだくさんなんで、お越しの際にはそのあたりもぜひ。

力学的お好み焼きの底にいる
岩田多佳子

はて力学的とは。まず「力学」とはなんだと手元の辞書で確認すると、「物体間に働く力と運動との関係を研究する物理学の一分野」「個人や団体などがそれぞれ持っている影響力のかかわりぐあい、力関係」などとある。なるほど。では力学的お好み焼きとは? ううむ、ますます謎だ。しかし鉄板の上で辛抱強くじゅうじゅう熱を蓄えているこの一枚。ここぞというタイミングを逃さずに、エイッと裏返せたら、世の膠着状況も打開していけそうな。

リオデジャネイロビキニに止まる黒揚羽
朝倉晴美

ま、まぶしい。コパカバーナなど絶景ビーチでも知られるリオデジャネイロの鮮烈な一句は、ブラジルに赴任中の朝倉晴美さんの最新作。句は「リオデジャネイロ」で切れているけれど、こんな風に書かれると「リオデジャネイロビキニ」なんて大胆なビキニもありそうに思える。そのビキニよりも、さらに刺激的に目を釘付けにさせる黒揚羽。リオと日本の韻文のなんとドキドキの邂逅。

寂しくはないというのにみんな来る
小原由佳

心配してくれてありがとう。でもほんとにもう大丈夫だから。というのに、みんな来る。うん、あるあるそんなこと、と頷きながら「みんな」の絵が勝手にふくらんでちょっとコワい。一体誰が拡散したのやら、ぞろぞろ続々。友だちやら、にわか友だちやらに二重三重に取り巻かれて、ご当人は外の空気も吸えやしない。なぜかウーバーイーツのピンポーンまで鳴って。

遠景に入るなわとび跳ぶように
山崎夫美子

このシーン。普通の遠近法では思い描けないのに不思議な生々しさ、そしてかすかな禍々しさも湛えているのが魅力。遠景には懐かしい山々が並び、穏やかな空が広がる。さあ、どうぞと目の前でまわる大なわとびの縄。ふっと入っていけば、その遠景に一瞬で入れそう。でも、戻ってこられるかどうかはわからず、縄はらるんらるんとまわり続けているばかり。

露草のそばを鯨の通り過ぎ
おおさわほてる

道端や庭先などごく身近に見かける露草。そのそばを唐突に、まるで時空をワープしてきたかのように鯨が出現し、通り過ぎる。地に根を張る小さな露草と鯨。対極にあるそれぞれを、何の
メタファーかと読み解くのもおもしろい。でも昨夜みた夢をそのまま詠んだと受けとめたっていいかな。なんというか、いかんともしがたい生きるかなしみのようなものを、リクツ抜きに共有したい。

マスク外しいかつい顔をとりもどす
飛伝応

いかつい顔。人生がいい感じで刻まれていますねえ。さて、「マスク外し」はマスク生活からの解放と読んだ。もうかれこれ二年半も強いられているマスク生活。おかげで目力は鍛えられたけれど、顔面下半分はすっかりたるんでしまった。人に見られないと、頬の肉も勝手に油断するんだなあ、と独りごちているのは当方だけではなさそう。マスク外しが解禁になったら、作者にはいち早く本来の顔を取り戻し、当方にぴしっと活を入れていただきたい。

鳳凰と目が合う蝉の声とぎれ
四ツ屋いずみ

今月の四ツ屋いずみ作品はまこと晴れやかな三句。「花嫁の泣き顔幼な子のまんま」に続く掲句では、披露宴もたけなわの一瞬がとても印象的に作品化されている。式場の鳳凰と目が合った瞬間、蝉の大合唱はミュートになり、母の祈りは永遠になった。ところで、人生のイベントを川柳に詠むのは、存外難しい、と個人的には思っている。先立つ感情や感動を大切に、且つどう匙加減しながら作品化していくか。けれど、これだけは書いておきたい、という気持ちのこもった句は、やはり強く響くなあと本作に感じ入った。