2025年11月 山崎夫美子
今月の風
かったるい秋にカボスを絞りきる
浅井ゆず
長すぎた夏を経て、やっと秋の入口に着いたはずなのに、もう出口に立っている。秋を楽しみたいのに、秋の存在が消えそうな焦燥感がつきまとう。そんな気分に「かったるい」という言葉の響きが妙に合う。「かったるい」とは体が疲れてだるく、物憂い状態のことだが、語感は軽快で連呼したくなる。かったるい秋に、柑橘系のカボスを絞って、気分転換をするのも悪くない。
娘の帰還 父のひまわり種シャワー
杉山昌善
ホームランを打った大谷翔平が、ベンチでひまわりの種のシャワーを浴びる姿が浮かんだ。父にとって娘の帰還は、それほどの喜びと華やかさに満ちている。帰省ではなく帰還なのだ。帰還とは遠方から帰ること、特に戦場や宇宙などから帰ってくることなので、やや大袈裟だが、父の距離感と心情がそう詠ませている。娘の反応が気になるが、きっと父のノリに合わせて、ひまわり種シャワーを楽しんだに違いない。
石鹸の泡は犠牲的精神
藤山竜骨
コロナ以降、手洗いや消毒には敏感になった。固形石鹸で育った年代だが、いつの頃からか液体のボトルや泡石鹸を使うことが多くなっている。最近は、コスパの良い固形石鹸が見直されて、濃密泡になる石鹸泡だて器なども売っているが、きめ細かい泡を作るには時間がかかる。必死で泡立てて、やさしく肌を包んで消えていくなんて、これこそが犠牲的精神の賜物。石鹸の泡から犠牲的精神を語る面白さに脱帽です。
別便で嵐送るわお姉さま
西山奈津実
ゆっくりと囁きながら見事な切り返し。始まりなのか、終盤なのか、どちらともとれる展開だけに、スリリングなゾクゾク感が押し寄せてくる。姉妹の関係は良くないようだが、嵐を送るなんて相当なもの。本便ではなく、敢えて別便にしているのも凄い。そして、下五の「お姉さま」の圧は強力だ。丁寧な言葉に隠された感情に、嵐も戸惑っているかも。さて、お姉さまの逆襲はありやなしや。
吟醸酒 椅子引き寄せてする話
黒川佳津子
日本酒が美味しい秋。といっても、お酒の好きな人はどの季節でも好きは好き。吟醸酒となればなおさらでしょう。飲み始めてほろ酔いになる頃に、椅子を引き寄せてまでする話って、噂話か投資の話、恋バナは若者かな。この場面だと年配者の雰囲気だから夫婦仲の相談かも。よくある構図を吟醸酒と一字空けが、真剣な話に高めていて味がある。それで、やっぱりどんな話?
出棺に間に合うブルーインパルス
重森恒雄
故人を見送るかのように、いよいよ出棺という時にブルーインパルスが見えた。悲しみを抱きながら見上げた空の、アクロバット飛行が美しい。喪服の参列者が同じような表情で魅入っている姿に、棺の人は微笑んでいるだろう。故人が好きだったブルーインパルスを見せたくて、親族の誰かが調整したのか、あるいは全くの偶然なのか、どちらにしても、出棺時に間に合って良かった。
教えるね5センチ幅の夜空とか
本海万里絵
夜空には星降る夜空も、満天の夜空も、真っ暗な夜空もある。5センチ幅の夜空ってどんな景色?ブラインドを開いた景色にも思えるけど、それを教える理由が謎。そのうえ「夜空とか」なので、夜空以外の選択肢もあるということになる。夜空の他に何があるのか問いたいけれど、まずは5センチ幅限定なのかも気になる。まるで堂々巡りだ。要は推しの一句として、この句の表現と感覚を楽しめばいい。ただそれだけのこと。
いつからかアジトのように暮らす家
渡辺かおる
アジトという言葉には、近寄りがたい恐怖や隠れ家的な印象があり、アジトで逮捕された大きな事件も記憶に残っている。しかし、十代の頃に作った秘密基地を、アジトと呼んでいたこともあったような。そう考えれば、アジトのような家があってもおかしくはないが、生活はかなりの危うさが付きまとう。片づけは?ゴミ出しは?極々普通にそんな心配をする。アジトのイメージに埋没しないアジトであってほしい。
娘って女でしたねああしんど
寒雷
健やかな成長を願って、大切に育てている娘から、冷ややかな目で見られたり、言い返されたりすることがある。何でも話し合える仲良し親子だと思っていても、娘には娘の世界があるのだ。そして娘は女でもある。買い物に付き合ってもいつも待たされる。娘の言動や視線に辟易しながらも、「ああしんど」とつぶやく姿に、親としての度量の大きさと優しさが感じられる。
 
          
     

