2022年11月 芳賀博子
11月の会員作品をお届けします。
秋の夜長は川柳で。旅のおともにもどうぞ。
今月の風
我が家だけ真っ暗になる十三夜
弘津秋の子
あら大変。何ごとが起きたのやら。単純にブレーカーが落ちた、はたまた家族の大喧嘩、とまあ「真っ暗」にもいろいろある。けれど下五の十三夜がぱっと明るくて、さほど大ごとではないような。むしろその真っ暗が怪我の功名となって、今宵の名月がいっそう輝いてみえたわ、みたいな自虐めいた余裕が辛口ホームコメディ的で可笑しい。きっと「真っ暗」も家族でちゃんと解決されたに違いない。
ともだちの母のおやつの味が好き
本海万里絵
口ずさめば句にもおやつの味がする。ホットケーキとか蒸しパンとかスイートポテトとか。そうそう、友だちのお母さんの手作りおやつはどれもやさしい甘さで、お母さんもいつもやさしかった。子ども心にもちゃんともてなされている気がして嬉しかったな。と、自身の記憶と重ねて読む一方で、大人の主人公の現在の絵も浮かんだ。いい大人が、親友の家で友の母が作ってくれたおやつになぐさめられている。失恋したときは、やけ酒よりこれに限るのよ、なんて。
再びの我らマーブルチョコレート
川田由紀子
再びの我ら、と同世代への奮起を呼びかけているのだろうか。マーブルチョコレートは今も店頭に並ぶロングセラー商品ながら、中高年には昭和のテレビCMも思い出させる懐かしいチョコレート。カラフルポップな粒つぶをカリっと噛みしめれば、不意にあの頃がよみがえったりして、並みのサプリより元気が出るかもしれない。ほんに、この混沌の世を我らの手でもなんとかせにゃあいかん。未来をZ世代に丸投げしてもいられないのだ。
秋晴れの象舎のひびは笑い皺
宮井いずみ
年季の入った象舎のひびを笑い皺と見立てた心持ちと、秋晴れがマッチ。奥からのっそりとお出ましの象も、目尻にたっぷりの笑い皺を刻んでいる。動物園の不動の人気者も、ゆったり歳月を重ねているよう。こんなおだやかな動物園の光景が、つと平和の象徴のようにも感じられる。
妻の白髪やんわり秋の風
堀本のりひろ
字足らずの破調ながら、するするすべらかに字間を秋風が抜けてゆく。なんのてらいもなく、つぶやきがそのまま書きとめらたような句。ゆえに、はっと心を摑まれた。妻の白髪のやんわりも、秋の風も、ちゃんと書きとめておきたかった、今日の新鮮な気付きだったのだと。夫婦ならではの自然な立ち位置で向けられた眼差しがあたたかい。
弟の視野いっぱいに今銀河
吾亦紅
本作の二人には、きょうだいならではの立ち位置が感じられる。近づき過ぎず、さりとていつでも手を差し伸べられる距離だ。その距離で、銀河を振り仰ぐ弟をしんと見つめている。いろいろと案じつつもそれは口にせず、ただ見つめ、見守ることでエールを送っているような気もする。さて、句の中でことにも強い印象を残すのが「今」という一語。とても大切な今にあふれる銀河の光。
作用点消えた天使が持ち去った
河野潤々
てこの原理でいうところの支点、力点、作用点。計算しつくして設定し、さてと渾身の力を加えたところで、肝心の作用点が消えちゃったとは、なんと、ご愁傷様です。今までの苦労はなんだったんですかね。でも天使の仕業とあらば致し方ないか、と面白がってもおられるご様子。なら何も申しませんけど、天使と小悪魔はまこと紙一重。って、いやまったく大きなお世話ではありますが。
ゆめの字が流れる特急の車窓
西田雅子
ゆめではなく、ゆめの字。やわらかにまるい二つの平仮名がほどけながら流れてゆく。嗚呼と深く吐息つくほどではない、それでいて後をひく感傷のようなものが詩的な句になった。特急という車種の選択が味わいを深めている。旅の途中だろうか。あるいはそれが通勤特急だったとしても、特急の車窓は、とうに忘れていたものを、ふいに遠い空に映し出したりする。