2023年5月 西田雅子
5月の会員作品をお届けします。
さわやかな風の中、ゆに作品を旅しませんか。
今月の風
春の宵ブリキの金魚空を飛ぶ
澤野優美子
春の宵、夕暮れ間もない頃はどこか幻想的。花の香りも漂い、静かな夜空が広がる。おもちゃ箱の中のブリキの金魚か、今は棚の隅に飾られて久しいブリキの金魚か、こんな夜は海を泳ぐより、空を飛びたい。もう少しすれば、月が出る。春のしめやかな月光の中を、舞うように飛ぶ。夕暮れと夕闇の淡いの中、オレンジ色のブリキの尾を光らせて、金魚も春の宵を彩る景色に溶けてゆく。
チューリップ今太陽を飲み込んだ
おおさわほてる
昔々、あるところに、たいそう美しいチューリップが咲いていました。いつもまわりを明るく照らし、太陽のように光を放ち、輝いていました。けれど、光を放ち過ぎて、エネルギーを使い果たしてしまい、輝きもなくなってしまいました。ある日、チューリップがふと空を見上げると、お日さまがサンサンと輝いていました。それを見てチューリップは、はなびらを精いっぱいひらいて、お日さまをパクリ!はなびらを閉じて、ゴックンと飲み込みました。それからチューリップは、また以前のように、まわりを明るく照らし続けることができました。
新しい簾 会話の無い二人
弘津秋の子
たとえば、新しい簾は、風通しがよく、気配の感じられる程度の適度な距離感と負担にならない二人の新しい関係を表しているかもしれない。二人は夫婦、親子、恋人、友人…。また、新しい簾を、和モダンのおしゃれな簾ならば、若い夫婦がそれぞれの世界を持っていて、お互い干渉をしない関係ともとれる。簾と二人というシンプルな設定から、二人の関係をいろいろ想像できる。会話の無い冷え切った夫婦、とは限らない。
AIも昼寝が欲しい春うらら
飛伝応
今話題の対話型AI(人工知能)。人間の問いに対して、ネット上の膨大なデータから自然な文章をつくる「生成AI」のひとつ。昨年秋の公開から爆発的な利用の広がりである。今のところ、AIはデータ処理やそこからの予測はできても、春うららの気持ちのいい日に昼寝をしたいという気持ちや感情を持つことはできないはず。人間は自然との共生のほかに、AIとの共生も考えていかなければ。もし、AIが春うららのある日、「昼寝がしたい」と言ったら…。そんな日が来るのも、ずっと先ではなさそう。
不調の層でできたマウント・フマン
四ツ屋いずみ
マウント・フマンって、どこにある?日本か外国か…。それも不調の層でできているとは。フマン、ふまん、不満…。もしかして、不満が積もって、不調の層ができ、なんと山になった!これは精神的にかなりしんどいはず。けれど、マウント・フマンといってしまえば、なんだか頂上目指して登りたくなる、制覇したくなる、となればいいけれど。
親戚の強い絆のシールです
吉田利秋
親戚とは、よくも悪くも切れることのない絆で繋がれていると思っていたけれど、なんと「シール」?シールを貼っておかないと親戚と気づかない?今やお手軽なシールで繋がっている絆。関係がめんどうになれば、チャッと剥がせばいいしね。けれど、シールは上手に剝がさないと、剥がした跡が残ることも。
眉間にもブラキストンのライン引く
落合魯忠
ブラキストン線とは、津軽海峡を通る動物相の分布境界線である。日本において最もよく知られている分布境界線のひとつで、ツキノワグマ、ニホンザル、ニホンリスなどの北限、ヒグマ、ナキウサギ、エゾシマリスなどの南限となっている。作者は、北海道在住で、サケマス漁業に従事する400隻余りの船団を組む船に乗船していた経験を持つ。航海中、何度もブラキストン線を渡ったのではないだろうか。今でも、目を閉じれば、海峡の海の静けさ、荒々しさが思い出されるのかもしれない。
れんげ田に寝転ぶやがて棺めく
山崎夫美子
桜の花の終わる頃に咲くれんげ。一面ピンクいろのれんげ田は圧巻。とは言え、れんげ田に寝転んだことはなく、草の上に寝転んだのも遠い昔。ほどよい草のクッションに、草の匂いと心地よい風…。これはもう眠るしかない。まして、れんげ田に寝転べば、このまま目覚めなくてもと思う。れんげの棺ならば、永遠の眠りも自然に受け入れられそう。れんげの漢字「蓮華」は花びらが蓮の花に似ていることからつけられたとか。ならば、なおさらのこと。