2023年12月 芳賀博子
今月の風
蔓梅擬の仮種皮に雲切れて
河野潤々
つるうめもどきの・かしゅひに・くもきれて、と胸に届くまで一瞬の間を要した。字面が堅くて、音読すれば噛みそうになって。それも面白みではありつつ、意味をたどれば存外ゆったりのどかな作品だなあと思う。観賞用としても親しまれる蔓梅擬の実は赤い仮種皮の部分を食べることができる。残念ながらまだ一度も味わったことはないけれど、調べてみると「雪が降り積もるころまで蔓に残っている仮種皮は甘味が増している」とのこと。実のあざやかな赤と空の青が季節の移ろいを明るく伝える。
くちびるにララバイどこまでの砂漠
黒田弥生
自分のためのララバイだろうか。句またがりの働きもあって、子守唄なのに寄る辺なく、ふつふつ途切れがちに聞こえてくる。眼差しの先は「どこまでの砂漠」。なんとも茫漠とした時空ながら、上五に立ち戻れば「くちびる」の持つ確かな生命感にはっとする。これからも進み続けるのだろう。くちびるにララバイを携えて。映像がゆっくりワイドスクリーンになってゆく。
偽善者が鳴らす喇叭は心地よい
稲葉良岩
喇叭のいささか時代がかった漢字表記に、さりげなく圧がある。が、表向きはあくまでも心地よく調子よく大衆の高揚をかきたてるのが偽善者の喇叭だ。しかも異論の声などたちまちかき消す大音量。だから充分に警戒しなければ、とわかっていても、いざ景気のいいメロディがラララパッパと奏でられたらついノってしまいそうでこわい。
結論が真逆言葉が切り取られ
平尾正人
こちらも本当に用心用心。たとえばワイドショーやネットニュース。発言の要約ではなく、一部のみを都合よく切り取り、ときに発言の真意とは真逆の印象で流布されてしまうことがある。扇情のための確信犯的編集。もっとも最近は「切り取り」どころか、AIの「生成」画像によるディープフェイクも世界の社会問題に。
ちょうどいいひとりぼっちの分量だ
本海万里絵
フードロスにならないような「ちょうどいい」一人一回食べ切りの量。さて目の前にあるのは何だろう。省略されているゆえに、抽象的なものにも想像がいたる。下五は「だ」という言い切り。なのにふうっと吐息の気配も。その吐息で、「ちょうどいい」と「ひとりぼっち」が、天秤の両端で揺らいでいるように見えるのは気のせいだろうか。
土曜日の本に捕まる源氏パイ
澤野優美子
掴まるではなく捕まる。そのものものしさにくすっと笑ってしまった。ゆっくりと土曜日のお楽しみにとってあった本は、案の定ページを繰り出したら止まらなくなってしまったみたい。途中休憩には禁断の?源氏パイ。ほろほろかけらがこぼれないように、いったん本は閉じるべし。けれどページがなかなか離してくれなくて。
まぼろしを追いかけ伸びてゆく睫毛
西田雅子
以前、友人にメークのポイントを訊ねたら即答で「睫毛」だった。アイラインや口紅よりもまずマスカラ。といわれてみると、確かに彼女の濃厚にマスカラを重ね塗りされた睫毛は大きな瞳をより艶やかに際立たせている。なので掲句、睫毛が伸びるのは単純に羨ましい。そして主人公にも、この不思議現象にひるまず、するする伸び続ける睫毛でしかとまぼろしをキャッチして、正体を確かめてほしい。
熱い息かければ芽吹きそうな指
笠嶋恵美子
熱い息。パッションの息。それは恋の、あるいは志の熱さかも。ドラマチックだなあ。映える背景として、たとえば冬木立。冷たく澄んだ空気の中で、両手に白い息をかけると、自らの指だけがひと足早く芽吹いてゆく。かすかに官能的でもあるやわらかな芽吹き。