2022年9月 芳賀博子
9月の会員作品をお届けします。
初秋の新しい一ページをお楽しみください。
今月の風
プルプルをいっぱい作る夏休み
吉田利秋
そう、そう。プルプル飛ぶプロペラ飛行機を工作したり、親子でプルプルゼリー作ったり。いろんなプルプルを作りたい放題なのはまったく夏休みならではで、失敗作すらプルプル楽しい。そんな原体験をコロナ禍の子どもたちも持てているといいな、とこの夏を振り返る。さて利秋さんの今月の作品はプルプル三部作。一つのオノマトペが次々に開いてゆく三つの扉が、閉塞感から愉快に解放してくれる。
妖精と写る一枚だけの過去
藤山竜骨
思い出を数える単位のひとつに「枚」がある。すなわち一緒に写った写真の数だ。掲句はたった一枚きり。けれど妖精にとっては、この一枚すら妖精界の掟破りだったかもしれない。人間と恋に落ちて、さらに姿を写真に残すなんて。でもあの日、ちょっとしたはずみで自撮りした一枚は、どちらもシャイないい笑顔。ゆえに「過去」の言い切りが響く。
畳み皺ついた祭をそっと出す
菊池 京
今夏はコロナ禍で自粛していた祭が各地で再開されたという。長らく袖を通していなかった浴衣なども、久しぶりに日の目を見たことだろう。一方、この「祭」は、もっと抽象的な記憶のようなものかもとも思った。幼い頃から親しんできた祭は、思い返せば、そのひとつひとつの中に、家族がいて、友がいて、折々の自分がいる。祭の育むアイデンティティというのもあるような。「そっと」に込められた思いがさりげなく深い。
枝豆を冷凍にする罪があり
伊藤良彦
罪とまでいう大仰ぶりが可笑しい。まあ確かに生鮮枝豆の茹でたてほくほくは格別だし、お気持ちもわかります。けれど、某メーカーの冷凍枝豆など、ほんにコスパ高き味わいと安定感で、ウチには欠かせない存在。というわけで、こちら冷凍枝豆弁護団代表として、ぜひとも無罪を主張したく、この続きは法廷で、いやカウンターで。
すいちゅうでいっきにそせいする丹果
澤野優美子
丹果。すなわち赤い果実。この一語の醸し出す古風な神秘性がそのまま句の魅力にもなっている。構成も見事。前段をすべて平仮名表記にし、す、そ、せ、の音でも水のモノトーンな透明感を表現。そして最後に一気に鮮烈、濃厚な赤。なんとも官能的な恋の句と読み、逢うとは、まこと蘇生なりと感じ入る。
百年後は向日葵だけの迷路かも
海野エリー
百年後って、以前よりずっと遠くなった気がする。世界を一変させるような「まさか」が相次ぎ、一年先のことすら予想がつかない。ところで向日葵といえば、今年はロシアのウクライナへの軍事侵攻により、映画「ひまわり」が新たに注目を集めた。人影のない向日葵だけの迷路が未来を暗示しているようで、しばしその景に身を置き、しんとたたずむ。
モナリザの後で穴を掘っている
重森恒雄
最新テクノロジーによるモナリザ研究が進んでいる。人物の特定や絵画技法など、解析、分析されるほどにしかし、いっそう謎めいてゆく手強い微笑。その背後で、なんとこんなことが行われていたとは、衝撃の新事実。けれど、うーん、このモナリザはホンモノ? かなり怪しい。手下に穴など掘らせて、どんな完全犯罪を目論んでいるのやら。でもその胡散臭さに惹きつけられて、つい覗き込みたくなる穴である。
この穴もアンモナイトも未然形
吾亦紅
こちらの穴も、おいでおいでと私を誘う。まあ穴にもいろいろあって、落とし穴にモグラの穴、鼻の穴、などなどそこは読み手の想像自由。じーっと見つめていると、ぐるぐる渦巻き、ぐるぐる謎めきはじめて、この穴も、とうに化石化したアンモナイトも未然形というのが腑に落ちる。ぐるぐるが不思議な時空につながってゆく。