2023年2月 西田雅子
2月の会員作品をお届けします。
新しい会員を迎え、ひと足早く、ゆにの春です。
今月の風
沈みゆくスポンジ免許更新日
岩田多佳子
食器を洗ったり、浴室の掃除等にも使うスポンジ。新品は弾力があって、水も吸い込みにくかったりするが、そのうち手に馴染んで使いやすくなる。使い込み過ぎると水を吸い込んだスポンジは弾力もなくなり、あっと言う間に水を吸い、沈み込むように重くなる。まるで今の私のよう。免許更新日、ふと気づく。免許を更新するように、私を更新しよう。今日は私の更新日。新しい私になって前へ進む。そうそう、スポンジも買い替えなくては。
ご不満があるならリモコンBボタン
浪越靖政
今やテレビは受信するだけでなく、双方向性の時代。テレビの前にリモコンを持って番組に参加する。画面の向こうから、「〇〇に賛成の方はAボタンをどうぞ。」「ポチッ。」みたいな。本作では不満があるならBボタン、と不満の内容までは伝えられない。お互い顔が見えないままに「不満」というひとつのデータが残る。「〇〇ならリモコンXボタンを」はデジタル社会を象徴するひとつのフレーズかもしれない。曖昧な設問も、気軽に押せるボタンも危うい。
人間が減った月が呑んだらしい
西山奈津美
人間が減ったのは月が呑んだらしいから、とは新説!月にはウサギがいたり、かぐや姫が月へ帰って行った等の言い伝えはあるが、月がウサギやかぐや姫を呑んだとは聞いたことはない。俄然、月のイメージがガラッと変わる。半月や三日月、満月などの月の満ち欠けは、月が人間を呑む前と後かと想像すると、月夜の道を歩くのもちょっと恐ろしくなる。
大吟醸ちょこっと呑んで猫が虎
堀本のりひろ
こちらの「呑む」はお酒。お酒を呑むと猫のようにおとなしい人が豹変、酔って手がつけられない、暴れる様子がまるで猛獣のようになるのはよく聞く話。お酒に目がない人間が大吟醸を前にがまんするのは無理なこと。ちょこっとだけならと、あとは覚えていない。しゅんと元の猫に戻り、二度と誘惑されまいと心に誓っても、多分無理。「ちょこっと」に大吟醸への畏怖(?)と気の弱さがちょこっと。
うたた寝のあいだに埋め草になった
河村啓子
何かの編集会議中。つい居眠りというか、うたた寝をしてしまった人物。会議では優先記事は決められ、あとは余白を埋めるために何を使うか最終段階へ。ストックの中からカットか雑文か…。いずれにしても、緊急でも重要でもない記事で補う。この人物の記事はメインに採用されずに、埋め草に回されたのか。うたた寝という熟睡でも覚醒でもない半端な状態が、埋め草のつなぎとしての微妙な存在と重なる。
花眠る雪消の空と逢うために
吾亦紅
雪の多い地域の冬の暮らしは、雪かきや雪道の歩き等たいへんさを思ってしまう。この冬の寒さと豪雪は特別だが、雪と共にある暮らしが当たり前の地域の人々は、普段工夫をしながら、雪と上手につき合っている。にしても、やはり暖かい春は待ち遠しいはず。雪消の空、という美しい言葉は、雪と共に暮らしている者だからこその言葉。積もった雪を融かして春を告げる空なのだろう。そんな空を花も人も待っている。北国は雪解けとともに一気に春になると聞く。いっせいにひらく花たち。その日を夢見ながら花たちは眠っている。
黒い暗い大河ボサノバが聞こえる
朝倉晴美
一転、こちらはブラジル。作者は現在ブラジル在住。なので季節は今、真夏のはず。ブラジルの大河といえばアマゾン河。川幅は、測る場所によって大きく異なるが、河口付近では480km、河口から1600km内陸に入ったところでも10kmを超えるという。日本の川とはスケールが桁違い。アマゾン流域は雨量が多いので、ときには黒く暗い河になるのかもしれない。圧倒される大河を前に聴こえてくるボサノバ。そのウィスパーボイスは耳に心地よく、多忙な日々を忘れさせてくれる。ダイナミックなアマゾン河とささやくようなボサノバ。想像するだけでゾクゾクする。
主体を持たぬ雪ひき波のかすか
河野潤々
雪は主体を持たず、しんしんと降り、淡く消えてゆくか、降り積もる。が、降る雪を見る者はそこにさまざまな思いを重ねる。雪の白さ、静けさ、はかなさが人を内省深くいざなうのだろうか。一方、寄せる波は記憶や思い出を運んできては、引く波が海へ返す。かすかに記憶や思い出の欠片を残しながら。雪も波も普段は意識の底に眠っていたもの、あるいは意識と無意識の狭間に漂っていた何かを思い起こさせ、浄化する力があるのかもしれない。