2023年3月 西田雅子
3月の会員作品をお届けします。
やわらかな早春の日差しの中で、ゆに作品をどうぞ。
今月の風
木蓮の産毛のなかに隠したよ
本海万里絵
ふわふわの白銀色の産毛をまとった木蓮の蕾。その産毛の中に何かを隠したらしい。実際に何かを隠したというより、大切な思い出や誰かへの思いを隠したのかも。ふわふわの産毛に守られて、その大切なもの、思いは、春の訪れとともに大きくひらいた花の中から、大切な誰かのもとへ翔んでゆく。ちゃんと届きますように。
平成が元素記号になりました
伊藤良彦
これまでの元号をアルファベットで略すと、明治M、大正T、昭和S、平成H、令和Rとなる。並べると元素記号にも見える。12年前の3月11日の東日本大震災と、津波の浸水による原発事故は平成23年。その事故によりセシウムやベクレル、シーベルトという放射性元素や放射線量・人体への影響を示す単位が、連日報道された。元号が令和になり、平成という一つの時代を「元素記号になりました」と言い切る。マイルドで淡々とした中にも、平成という元号の重みを感じる。
五線譜を滲ます癖字なごり雪
菊池 京
癖字は美しい字ではないが、個性的な筆跡で書かれていて、心に響く場合も。特に大切な人の癖字は、その字からその人への思いや思い出が溢れたり…。五線譜のフレーズに書かれた癖字は涙に滲んでいるのかもしれない。「なごり雪」は1970年代の早春を代表する曲の一つとして、歌い継がれている。なごり雪という言葉は当時は存在せず、日本気象協会により「季節のことば36選」で3月のことばの一つに選ばれたという。季節はずれの雪―なごり雪、ある世代には思い出深いのでは。
こし餡か粒餡かあなたを割ってみる
川田由紀子
こし餡はあんを裏ごしして滑らかにしたもの、粒餡はあんを練り上げずに粒も残したもの。お店やスーパーのお饅頭では、こし餡か粒餡か表示されているが、見た目だけでは、中身の餡がどちらかはわからない。その人の本質的な特徴や価値は外見だけではわからないと読むことはできるが、それよりも「こし餡」と「粒餡」という微妙な味わいの差の比較に、なんとも言えないおかしみがある。で、私はこし餡派。
高架下ぼやく相手は餃子です
渡辺かおる
高架下、ぼやく、餃子で、勤めていた頃にタイムスリップ。仕事が終わったあと、上司や先輩に連れられて行った高架下の飲み屋さんだか、屋台だか。狭いテーブルを囲んで、お隣さんはすでにでき上がっているグループ。声を枯らして何やらどなっている。こちらは、新人で教訓やら愚痴やら聞かされ、翌日まで残る焼き鳥の匂いが服について…。昭和の風景、いやコロナ禍以前の風景か。この人物は、餃子を相手にぼやいている。
お決まりのメタファー剥がし広い空
稲葉良岩
当たり前のようにルールや習慣の中で送る日々。少し窮屈だけれど楽な生き方でもある。ある日ふと、空を見上げると、その上にさらに空が透けて見えるような…。そっと剝がしてみればもう一つの空が。典型的なメタファーや常識から解放されて、自由な表現、自由な発想を得ることができる広くて深い空。その先には、新しい可能性に満ちた世界が広がるばかり。
たしなみのひとつに雲のデザイナー
斉尾くにこ
「たしなむ」という言葉には日本人らしい謙虚な、あるいは慎ましやかなニュアンスがある。ちょっと上品な趣味に使われそうな、たとえば、お茶をたしなむ、書をたしなむ、俳句をたしなむ等々。お酒をたしなむ、というと節度を守って楽しむという控えめな印象だ。で、ここでは「雲のデザイナー」というたしなみ。雲のデザイナーって、なに?今やたしなみも多種多様だが、雲をデザインするとは…。あの雲はパン、あの雲は車、…とか。まだ知られていない魅力的なたしなみがたくさんありそう。
組み合わせ次第で詩にも死にもなる
平尾正人
さらっと書かれていながら、ドキッとするような一句。「詩」も「死」も音は同じ「シ」。けれど、どちらも一句に収まらないような深いテーマである。たしかに、川柳等短詩の場合は、ことばの組み合わせが成功すれば、「詩」になるが、失敗すれば、詩としては「死んでいる」と言えるかもしれない。なかなか厳しい。一字変えただけ、並べ方を変えただけでも「詩」になるか「死」になるか。また、読み手によっても同じ句が「詩」になったり、「死」になったり。さて、掲句はもちろん、詩!