今日の一句 #590

財布にも鍵にも鈴は淋しくて
桑野晶子


ちょっと懐かしい。
そういえば、いつからか
鈴のついた財布や鍵を見かけなくなったなあ。
鈴は邪を祓うともいわれ、
かつては、そう、さかのぼって昭和の頃は
お守りのように、小さな鈴をつけている
ご婦人方の財布や鍵をちょくちょく目にしたっけ。


けれど昨今、キャッシュレス化が進んで
もう財布そのものを持たない人も増えている。
だからこの句も、読み手の世代によっては
鑑賞に注釈が必要になるかも。
でも、その、時代感もまた

作品の情感をふくらませているように思う。

句には恋心も見え隠れして、
口ずさんでみると、
「財布」のサ、「鈴」のス、「淋しくて」のサと続く

サ行の音が、淋しくも涼やかに響き、
リズムも鈴のごとく軽やか。


作者は桑野晶子さん(1925-2015)。
本作は『近・現代川柳アンソロジー』からの一句で、
自身の句集『眉の位置』(札幌川柳社 1978)にも収録されている。

氏は「川柳きやり」を始め、「森林」「点鐘」「新思潮」など
多くの柳誌に作品を発表した。


 真実を問えば卵の黄身ふたつ
 それほどの思想はないが胡麻はねる
 ハイボール花の柩と眠りたし


(『近・現代川柳アンソロジー』

  桒原道夫・堺利彦 編 新葉館出版 2021)

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