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2023年11月   芳賀博子 

今月の風

本心を語れば落語めいてくる
黒川佳津子

つまり笑い話になっている? いやいや、ひとくちに落語といっても、笑えるか否はネタ次第ウデ次第。腹をくくって本心を語るほどに、笑えない、イタい流れになってしまうこともある。けれどその姿こそが滑稽で、笑いを誘うケースもあり。さて本作はどうだろう。はたしてこの打ち明け話にどんなオチがつくのやら、当方もひやひやしながら聞き入っている。

 

クロッキー始まるパッションオレンジ咄嗟に
北川清子

作者は画家。上記にはじまる今月の作品は「火花散らすモデルの2分描き手の2分」「髪は緑髪は紫オペラピンクの肉体」と続き、すべてダイナミックな破調。まさに火花散らし、色彩が炸裂する創作の現場は、次々に詩もほとばしらせた。パッションオレンジ、オペラピンクといった色の名前もお洒落に鮮烈に弾けて。

求人誌めくれば国民の一人
藤山竜骨

求人誌のページのぱらぱらとした軽さと「国民の一人」の軽さが重なり、ペーソスがにじむ。確かに自分が国民の一人であるのを意識するのはオリンピックやワールドカップのときか、さもなくば有事や不況や・・と、つい昨今の切実なニュースが次々によぎるも、掲句の、どこかのんびりとしたまるみのあるリズムにほっとする。

ジグソーパズル白馬はいまだ走れずに
海野エリー

完成すれば白馬の絵。もしかしたらこのパズル、少女の頃より取り掛かっているのかもしれない。けれど歳月を経てもいまだ仕上がらず、この間にピースも失われていたとしたら。そんな疑いや不安を振り払いながら、ジグソーパズルはまだまだ続きそう。その白馬でなんとしても王子を迎えに行ってもらわねばならないのだから。

起ち上がる気配 受話器の向こう側
吾亦紅

メールには時差がある。電話ならまさにつながれるし、声のぬくもりは何よりあたたかい。なんてつい、自明のことをわざわざ書いてしまうほど、電話で話す機会が減ってしまった現代社会。ゆえに、本作では電話をかけた相手への思いやりややさしさ、二人の信頼感がいっそう強く感じられる。ゆっくりゆっくりことばを交わして、その向こうでふっとこころが起ち上がる気配。この「気配」もいいなと思った。もう大丈夫だね。

石だたみ語り尽くして深い秋
山崎夫美子

石だたみの道を久しぶりに再会した誰かと肩を並べて歩く姿が浮かぶ。続いて、石だたみと語りあいながら一人歩いている絵も。いずれであれ行き着いた先は深い秋。「語り尽くして」のあとの安堵にはごくうっすらと虚無のようなものもにじみ、句の味わいを深めている。紅葉の街のたたずまいや石だたみのひんやりと冷たく固い感触にも趣があり、五感にも響く句。

ハイターに布巾を浸ける神無月
河村啓子

だからどうした、といったことも、五七五のリズムに乗せると何やらことばがムズムズといろんなストーリーになりたがる。本作もごく日常の一シーン。けれど神無月といえば古来より、やおよろずの神々が出雲大社に集まり、他の地には不在になる月ともいわれる。主人公も神の留守の間、ちょっと一服しているのかしらん。水仕事を片付けて、ハイターに布巾を浸けるときのちょっとしたほっと感、達成感、解放感に、はいはいハイターとうなずく。

ひとつだけ叶うとしたら銀河葬
菊池 京

はっとした。銀河葬とはなんと美しいことばであり概念だろう。すべての命はいつか果てる。そしてどう生きたかにかかわらずすべては銀河のもとで永遠の眠りにつくのだと。しかし、そんな銀河葬が「ひとつだけ叶うとしたら」の夢なんて。希望と諦観が表裏一体となって、読み手の胸にも宇宙を広げる。嗚呼と魅入りながら、やっぱり銀河は果てなくまばゆい。