今日の一句 #619

木の机 鳥の匂いがしてならぬ
八木千代


鳥取の川柳作家、八木千代さんが先月21日に永眠された。
99歳。

1924年(大正13)生まれで
川柳を始められたのは1964年。
その翌年には「川柳塔」の同人となり、
生涯、同誌の人気作家でいらしたが
独自の詩情あふれる艶やかな作風は
結社やさらにはジャンルの枠を超えて
数多のファンの心を掴んだ。
そしてこれからも。


そんな八木千代さんにちょうど十年前、
取材させていただいたことがある。
ある雑誌での作家紹介に登場願い、
残念ながら直接お目にかかることはかなわなかったが、
手紙や電話で幾度かやりとりさせていただき、
最初に頂戴した手紙はなんと便箋13枚。
ユーモアたっぷりの自己紹介とともに
貴重なスナップ写真なども同封され、

その美貌も、電話での晴れやかなお声もすべてが
私にとって「ああ、八木千代さん」という存在。


掲句は句集『椿守』の巻頭句。
木の机は、きっとどこよりも自分の居場所にして
鳥の匂いが生々しい。
かつてその木に囀っていた鳥たちに思いを馳せている、
というより、むしろ主人公が本当は鳥なのかも。
そう、妻や母は仮の姿で。
・・ならば私も?などとやにわに読み手の心も波立てて、
たちまち句集の世界に惹き込む。


 咲けば散ることをひたすら書いている
 まだ言えないが蛍の宿はつきとめた
 うす闇のほとけを仰ぐほどの恋
 ロンドンの霧にしばらくかくれんぼ
 椿守 死なぬかぎりは椿守


作句の際の「境界線」や「すれすれ」が好きとおっしゃっていた。
「何か抽象的な句を作りますが、抽象的な句を作りながら
私は具象との接点まで持っていきたいんです」とも。


(句集『椿守』 八木千代/葉文館出版 1999)

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