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2024年1月   芳賀博子 

今月の風

呼び捨て希望酔ったLINEも待ってます
須藤しんのすけ

と、夜更けにこんなLINEメッセージが届いたことがある。いや、ないけど、LINEの文言をそのまま切り取ったようでいて、リズムに乗った一句につい返信したくなった。そっちが先に酔ってません?とか
ツッコミをまじえて、こちらも粋な一句でお返しできたら、まるで平安貴族の歌のやりとりみたい、なんてね。古来受け継がれた韻律DNAをともに覚醒させたい新年。

 

義士の日や暗闇ジムで流す汗
阿川マサコ

昨今話題の、暗闇フィトネスジム。暗闇といっても真っ暗なわけではなく、暗めの空間にはミラーボールなどの演出が施されてアップテンポの音楽も流れる、クラブのようなイメージのジムだそう。暗めだから人目を気にせずに体を鍛えられるので人気らしい・・と知って、興味津々。さて掲句、そんな暗闇ジムと義士の日との取り合わせが新鮮だ。両者「暗闇」を共有しつつ、対極にある時代性。そういえば、かつて美談とされた主君の仇討ちは幾度もドラマ化され、年末の風物詩だったけれど、もはや遠く懐かしい感じ。「流す汗」はエアロバイクで疾走しながら、さまざまな「旧」を振り切っている象徴にも思える。

レオタードかりそめごとのホットヨガ
斉尾くにこ

こちらはホットヨガ。個人的にはこのホットヨガにも興味津々で、周囲にも愛好者が何人かいる。口々に曰く、もうとんでもなく発汗してデトックス効果を実感できるらしい。が、掲句はそこを詠むのではなく、どこか冷めた視点でホットヨガも「かりそめごと」ととらえているのが川柳。それでいてちゃんとレオタードを着用している本気度とのギャップが可笑しい。

カッサで流しきる2023
四ツ屋いずみ

カッサとは美容と健康のためのプレート状のアイテム。初耳という方は、まずは検索で画像をご覧いただいた方が早いかも。要はこのプレートを使って皮膚の上を滑らせると、滞りやすい血流やリンパが流れ、体内のめぐりが整うというもので「ほんと、むくみとれるよー」と友人の推奨アイテムの一つでもある。本作、句またがりでリズムがつかえつつ、全体はぴたりと十七音でキマっている。その流れがカッサのすべりとも重なり、心身に滞っていた2023の老廃物はきれいさっぱり流しきれたことだろう。

白髪の麗子像にもお正月


ご存じあの麗子像。岸田劉生は娘の麗子を幼い頃から16歳くらいまで描き続けたとされる。私も何点か美術館で観たことがあって、ひと口に麗子像といっても随分タッチも表情もさまざまなのに驚いた記憶がある。さて「白髪の麗子像」というと、やはり白髪のおかっぱにアルカイックスマイルの貴婦人の姿が浮かぶのだけれど、気になるのは主人公との関係性。ご挨拶に出向いて、少し近寄りがたくもお変わりなき様子に嬉しくほっとしているのだろうか。そのちょっとした緊張感にも淑気が満ちている。

思う事一つある日のダージリン
もとこ

さらりと素直な作品でありつつ、立ち止まってみると「一つ」が存外の深さで響いてくる。誰しも、思うことだらけ、不安まみれの世にあって「一つ」が、しんとクローズアップされている。欲や雑念を取り払ってのたった一つは、本当に大切なことへの願いのようでもあり、丁寧にいれたダージリンの香りがやわらかに香り立つ。

セーターの捨てどきネコの拾いどき
森平洋子
くたびれた「セーター」ながら、この一語が句の手ざわりにあたたかみをもたらしている。そうそう、句に触発されて当方も年の瀬にセーターとパーカーを一枚ずつ処分したところ、それだけでもなかなかにすっきりした。もちろんネコは拾っていませんけどね。ところでそもそもネコに拾いどきってあるのかしらん。おそらくこじつけとしても、でもどうしても飼いたくなるようなネコと出遭っちゃったんでしょうね。これが家族ならケンカになりそうだけど、友だちなら駆けつけて抱っこさせてもらいたい。

ただバカを言うこと月のない夜も
重森恒雄

バカを言うことはとても大事だ。正論を正面衝突させてもまったくロクなことにはならないから。ユーモアこそ賢者の知恵で、緊迫をゆるめ、傷つけ合いを回避することができると思っている。掲句、ほんのつぶやきみたいなぽつんとした書き方をもって、そのぽつんの波紋がどこまでも広がっていくように感じられた。今、地球の各地で月のない夜が続いている。窓から冴え冴えとした冬の月を眺めながら、この句を口ずさんでいる。