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2024年2月   西田雅子

今月の風

牛乳の甘さ冷たさ誕生日
石野りこ

たいていの家では、冷蔵庫を開ければある牛乳。子供はもちろん、大人も1日1本飲むことを勧められている健康的なイメージの牛乳。1本といっても、今では牛乳瓶よりパック牛乳がメイン。この句からは、誕生日に牛乳を飲んだときの特別な感覚。あるいは、牛乳を飲んだとき、いつもとはちがう甘さや冷たさを感じて、そういえば今日は誕生日だった、と思い出したのかも。ガラスのコップに注いだ牛乳が、のどを通り、全身に広がるときの幸福感。冷たさは新しく生まれ変われそうな新鮮な気持ち。健康的で若々しいイメージや生命力を感じさせる牛乳。誕生日の牛乳の白は輝いて神聖な白にも見えてくる。

額縁の中をきれいに泳ぐ夜
桂 晶月

シャガールの絵を思わせるような句。額縁の中の夜は、星が美しい夜空を、恋人たちが腕を組んで泳いでいるようなメルヘン風な情景に。時空を超えた流れに身を任せているような感覚か。もしかしたら、夜そのものが泳いでいるのかもしれない。ここでの夜は暗黒の闇のイメージより、夜の静寂さや穏やかさを感じさせる。悠久の流れの中で、人間も魚も、花も木も、夢想の夜の世界を浮遊する。

面取りもアク抜きもしてかごめの輪
菊池 京

面取りもアク抜きもして、これで完璧。目立つところはどこにもない。個性もなくなってしまったかもしれないが、協調性ありと見てもらえる。「かごめの輪」に入るためには、できるだけ目立たないことが必要。あとは、あの「かごめ、かごめ ♪」と謎の歌詞を皆で唱えて、最後の「後ろの正面だあれ ♪」と、鬼の「後ろの正面」になったときに、気配を消して、私だとわからないようにしなければならない。わかってしまったら、私が鬼に。それは避けたい。それにしても、そこまでして、私が入りたい「かごめの輪」って何?

カラムーチョ食べて金剛力士像
川田由紀子

カラムーチョの「ムーチョ」には「もっと」という意味がある。なので「カラムーチョ」で「もっと辛く!」という意味のポテトチップス。チリをベースにしたスナック菓子で、昭和50年代、サブカル系の代表として、コンビニから火がついて、大ヒットした。かたや金剛力士像。有名なのは、奈良東大寺南門にある金剛力士像。この迫力たるやハンパない。何百年も続く圧倒的な迫力の金剛力士像と、軽いノリのようなカラムーチョが、1句の中で同格に存在している。高度成長時代の勢いがカラムーチョの辛さの中に込められているか。また、あのキャラクター「ヒーおばあちゃん」と「ヒーヒーおばあちゃん」の迫力には、金剛力士像に勝るとも劣らないものが。これはもう、カラムーチョを食べて、金剛力士像になるしかないかもね。

さそわれて夜を解体しています
西山奈津実

夜を解体って、そんな大それたことを誘われたからってしていいの、と思ってしまう。解体するからには、理由がありそうで、たとえば、眠るための夜の機能を失ったから、夜の闇が役に立たなくなったから不要、ということで解体なのか。あるいは、神秘的で静寂な夜を分析・探求したいという興味や好奇心からの解体なのか。どちらにしろ、安易に誘いには乗ってほしくないけれど、一体、夜って、何?解体するしかない?

踏まれても踏まれなくても石は石
伊藤良彦

そのとおり!石器時代は約200万年以上前から約1.2万年前まで。特に旧石器時代、生きていくため狩猟にはマストアイテムだった石。そんな時代から、石に代わり、土器や金属が使われるようになっても、石は変わらず、普遍性と冷静さを貫いて、そこに存在する。踏まれても踏まれなくても、何事にも動じない石は平静と堅固さの象徴。実家の、門から短いながら玄関までの敷石、縁側の踏石、庭には、大小いくつか石が置いてあり、今も空き家の実家をしっかり守ってくれている。

じいちゃんが鍋焼きうどんに浮かんでた
おおさわほてる

この鍋焼きうどん、1人で食べているのだろうか。ふと寂しさや孤独を感じたときに、子供の頃、家族で食べた鍋焼きうどんを懐かしく思い出したとか。じいちゃんは家族の中で特別な存在だった。じ、じいちゃん、鍋焼きうどんに浮かんで熱くないかい。でも、じいちゃんは、ただにこにこしているだけ。もしかしたら、しっかりしろ!と、喝っ!を入れに現れたか。じいちゃんはいつも味方だった。

三日月へ吊るせば点滴の小部屋
黒田弥生

ポトリ、ポトリ、…と落ちてゆく点滴。冷たい一滴ずつが少しずつ体内に入ってくるのを感じる。今日で何日目の点滴か。窓からは三日月が覗いている。ウトウトして、ふと目を開けると、点滴が三日月に吊るされている。変わらず、ポトリ、ポトリ…と落ちている点滴。よく見ると、一滴一滴が月から落ちてくる。なんと、月の雫が体内に…?。月と繋がっている不思議な感覚。夜が明け初め、月は静かに消えてゆく。でもまだ、月の雫がポトリ、ポトリ…。