2024年10月 芳賀博子
今月の風
ケーキ入刀すれば溢れる誤字脱字
藤田めぐみ
「あ!」と気づいたのは新婦か新郎か、はたまた両者? 完璧な結婚であることをあれほど何度も確認したはずなのに、まったくこの期に及んでエライことになったものだ。いやそれとも、これは披露宴の新手の出し物? とすればお二人のサービス精神は旺盛過ぎる。しかし考えてみれば、結婚式なるものも結婚そのものも、多かれ少なかれドタバタコメディであり?誤字脱字で溢れかえった式場は爆笑に包まれている気もする。
花札の代わりに広げ花の布
北川清子
まったく思いがけない下五にうっとりしつつ、さて、どういうシチュエーションなんだろう。「花札の代わりに」「花の布」がナゾめいている。どちらも主人公が、ごく日常で親しんでいるものなのだろうか。昨日は花札、今日は美しい花の布で針仕事、とか? あるいは花札は主人公の過去をシンボリックにイメージさせる具象なのか。ところで作者の今月の句「島々は繋がっている昼間酒」もいいなあと思った。北川清子作品ならではの洒脱な無頼感に惹かれる。
責任の無い政策は歯切れよく
飛伝応
ふむふむ。しかし本来「責任の無い」政策などはないはずなのだ。自民党総裁選、立憲民主党代表選が連日テレビジャックといわれるほど報道され、各候補の主張を聞く限りにおいて、日本の未来はバラ色だ。夢と希望と活力にあふれた国へまい進することが「歯切れよく」お約束され、そしてリーダーは決まった。いきなり総選挙も近いらしい。ここは「責任」ある論戦にたっぷり時間をとってもらいたい。
聞く耳もたん噴水も閉店も
岩田多佳子
これは弱りましたね。何が気に障ったのやら、いきなりあらぬ方向へ水しぶきを飛ばしはじめた噴水も、唐突に閉店を決めた店主も、まったく聞き耳もたんという。どちらも馴染みの憩いのスポットだったのにね。さても噴水と閉店。ぎょっと大胆な並列や、ころがって畳みかけるような「ん」の三連続も、主人公の困惑ぶりを物語っている。
バス一つ見送れば来る黒揚羽
重森恒雄
バス一つを見送る。そして、見送りきるまでをゆっくり待っていてくれたかのように、ひらりと黒揚羽があらわれる。誰を見送ったのか、どこへ向かうバスなのかは読み手に委ねられているけれど、そういえば、こんなことが私にもあった気もして。おぼろげな記憶と心象がないまぜになって、深い余韻を残す句。しばし寄り添ってくれた黒揚羽にも、じんと。
眠りつく白い廊下を遡上して
西田雅子
ミステリアスな心象句。「遡上して」とあり、一読してのち、この句そのものを下五から「眠り」までさかのぼっていくように再読する。しかしながら、遡上するのが川ではなく廊下であるゆえに、こちらまで息苦しい。黒ではなく白というのもコワい。まるで眠れぬ夜の、一瞬のまどろみにみた悪夢が、そのまま句になったみたい。だとしたらどういう深層心理のあらわれか、こんなにもゾッとするほど美しい夢を見せてくれるとは。
耳奥のミンミン蝉や草むしり
弘津秋の子
「災害級」の暑さが続き、蝉の大合唱のなかでも待ったなしの草むしり。けれど今年はニュースでも「待て」を連呼していた。それでもずっと放っておくわけにもいかないしと、周囲でも扇風ベストや首の冷やリング装着で敢行し続けたという声を聞いた。さて本作。耳の奥からもミンミン蝉とはご体調が気になりつつも、耳鳴りを「ミンミン蝉」にたとえたユーモアに、こんな事態をも、はからずも面白がってしまう川柳人魂が生きている。
左手でこんにゃくを切る夏の果て
村田もとこ
おそらく、右手を痛めたか何かの理由があっての左手で、しかも切っているのがこんにゃくで、なんとも手元がまどろっこしい。この一シーンが、この夏のつくづくの疲れを象徴しているようだ。「ああ」・・いまだ強い西日の照りつける厨で、疲れを一気に吐き出すような主人公の深い吐息が聞こえてくる。同様に吐息を誘われながら、はるばるとひと夏をふり返る夏の果て。
ちゃんと聞きなさい体が出す言葉
平尾正人
「ちゃんと聞きなさい」が命令ではなく、まるでやっと訪れてくれた秋風のようにやさしく沁みわたる。そうですね、確かにね、と神妙にうなずきながら、ここはもう自分の体にゆっくりと向き合って、体のあちこちや、ふしぶしからのつぶやきに、ちゃんと耳を傾けようと思う。まずは肩の力をぬいて深呼吸から。