2025年3月

空模様煤煙の散る幼き日  
カタカタとクレヨン跳ねるランドセル
日記帳インク滲んだ蒼いとき

渡辺かおる

凍裂の背なに添うていく雪消
粛粛と変わるこの世の人景色
合掌をほどけば太郎の宇宙船

吾亦紅

春の痛手に一編の寓話あり
傍題はもう梅の香に揮発して
鍵穴は見ていたはずの共同体

阿川マサコ

大根を百本引いて仁王立ち
また寒波来るらし一人レモン鍋
回転ドアの向こうは春でポンと押す

浅井ゆず

東風吹いて我の器は我決める
春一番シャンパングラスに薄くヒビ
義理じゃない契約夫婦のバレンタインデー

朝倉晴美

やわらかい病 夜中のチョコレート
固いとこマーマレードに漬けておく
訊いてから答えるまでの蜜柑二個

石野りこ

カプチーノ麻布十番駅は5時
出世した友の微炭酸な明日
エシャロットのチャーハン香ばしいランチ

伊藤聖子

うっかりと少し異なる思い込み
言い訳が夢の中から湧いてくる
夕焼けの中に答えがある筈だ

伊藤良彦

あの文庫手に取りのどか菜の花忌
検査前獏の枕を抱きしめる
残り火を絶やす無明の地平線

稲葉良岩

仏壇のあなたの髭をそりにいく
しゃぼん玉ぽぽぽっと忌が明けたらし
まん丸くなるまで真冬なでている

岩田多佳子

花種に混じる繰り言願い事
こんな日は空をごらんと投げキッス
30回の咀嚼で叶う立ちポーズ

海野エリー

ぼたん雪昼間の鯨が沖に出る
鈴の音のいつまで残る雪の原
夜にだけ雪降る村のあるという

おおさわほてる

キリンの木あなたの山が春めいて
結界はあんずの坂へつづく尾根
リスがすぐ噛ってしまう春の鍵

大竹明日香

ダジャレでも混ぜて焼くしかもんじゃ焼き
正義感ほんのちょっとの可動域
好き好き好きを巻き付けておく二月

小原由佳

地吹雪の中から鬼があらわれる 
しもやけの指を吹きふき雪を掻く 
音の無い世界に沈む雪の夜は

笠嶋恵美子

手放そう記憶の海をゆくオール
常識の境界線で水になる
目を閉じて聞いているジュラ紀の呪文

桂 晶月

笹鳴きや上手におこげできている
幸せの形に雲を並び替え
相槌を打ってバナナは熟れていく

川田由紀子

竜の玉痛いところに落ちてくる
冬の目玉春の目玉と入れ替える
阪急をちやらんぽらんが降りてくる

河村啓子

疑問符が顎関節に吹き溜まる
不自由な息も精一杯の青
春一番折り目を正すところから

菊池 京

あの人とチークタイムで跳ねてみる
眠る喰う踊れることが大事なの
ステップを踏んだらいいの言葉なく

北川清子

甘い香が誘う底なし沼の道
ゴブリンが一番先に泣いている
恋人が出て行った日の二重虹

黒川佳津子

ちりちりと冬青空を吸う肺腑
ショコラショー湖面に月の微睡めば
コヨーテの夜番シリウス煌煌と

黒田弥生

雨水の両手ペンギンを真似ている
自分史の余白七拍子のブレス
つま先はおもしろそうに穴があく

河野潤々

ねむりへといざなう粉雪のピアニシモ
朝が来て見えなくなった抽象画
如月は琥珀のなかで休眠中

斉尾くにこ

雪の降る夜を京都へ行く電車
ノールックパスを通して誕生日
二つ目の春が来ている乾電池

重森恒雄

好きだから嘘でぐるぐる巻きにする
流星雨すべて私の鎮魂歌
良い噂だけを画鋲で壁に止め

杉山昌善

耳元のあなたの声はパパに似ている
鉄くさい手のひらじいちゃんは忍者
言い訳は乱歩全集読んでから

須藤しんのすけ

平凡がしあわせと知るかお洗う
洗い浚い吐いてピンクの貝となる
厨房を覗くおとこの急な用

田尾八女

タンポポになったら褒めてくれますか?
確かめるために窓ガラスを割った
木漏れ日にもれなくひび割れるきみは

たかすかまさゆき

煮崩れてしまう男になる前に
水掻きは耐用年数過ぎている
天国に着いたら探すコンセント

浪越靖政

どこまでも続く吊り輪と菜の花畠
薔薇の字の赤い生い立ち持て余す
星屑を隙間すきまにパッキング

西田雅子

穴開けたら砂時計になったヒト
JAPANな月はラデカルな偶数マニア
糸コンはアナログじゃない、神かけて

西山奈津実

オパールかおばけになるかを選んで
くちびるが切れて木洩れ日ながれだす
さよならの真ん中にうを入れる部署

温水ふみ

文旦の自由にさせている窓辺
精霊の引っ込み思案梅の園
春光に干すゴム長のプロ仕様

芳賀博子

指揮棒を振るえば散る予言の鳥
交渉決裂ミルクが熱すぎる
ニューオーダー皆で壊せば怖くない

橋元デジタル

落とし物鍵を見付けに春を待つ
無防備はだめよと笑うあばら骨
地下鉄の深く深くとみな仮面

林 操

信号が点滅あわてずに急げ
自分史の棘黒塗りの刑に処す
自分史や嗚呼見世物じゃあるまいに

飛伝応

汗腺が喜ぶ三月の日差し
少しだけにしなさい必死にはなるな
傲慢と自慢が加速する会話

平尾正人

楽しみの時間「鬼平犯科帳」
寒稽古今日も河原を一周中
開け喉悲しい歌をアエイオウ

弘津秋の子

カーテンを開けてしまえばすぐ転生
とくと見よ脱脂されたる惨劇を
領収書破る それでも愛だった

藤田めぐみ

墓石のひとつがハモる応援歌
バンザイをしてから溢れ出した水
考えてごらん黙っている壁と

藤山竜骨

大寒の寒さが凍みる春はまだ
寒空に円画く鳶と雪を掻く
北風吹いてわが身にしみる松籟や

堀本のりひろ

母さんは春を片手で持ち歩く
生き残るためのこよりを撚っている
鰐の肉かもしれないと言う臼歯

真島久美子

大阪のノリ突っ込みは文化祭
真夜中のファッションショーを見てる猫
最初はグー次もグーだと知っている

峯島 妙

裸より恥ずかし本棚をみせる
あれこれあれこれ回し車を止められない
ケチャスパを添えて思い出ハンバーグ

宮井いずみ

星のまたたきは「好きだよ」の交換
だけどまた余計なものを愛してる
いいことがあってでもまだつづいてく

本海万里絵

散歩道ゆずりあって水温む
肉まんのなかに渦巻く暖気流
暗転の朝 加湿器とヒヤシンス

森平洋子

諦め悪い小さい影がのこのこと
部外者だからどよめきを後にする
繋がれて未だ漂う舫い船

森 廣子

惜別が浮遊している青グラス
翼なくして追憶の門叩く
とめどなく風を背負って訣れ来る

山崎夫美子

ガザ侵略まさにトランプ不動産
真夜中にテレビで見てるルミナリエ
県知事は間もなく逮捕されるはず

吉田利秋

手編みミトンの毛玉遠からじ春
鬼は外マティスの青に逃げ失せた
謎を誰もが解きたくて進むんだ

四ツ屋いずみ

会員作品を読む 2025年3月 山崎夫美子

第44回会員作品から

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