総評

2021年10月   芳賀博子

会員作品第3回をお届けします。ホットな新作のラインアップをどうぞ。ところでこのページ、スマホでの見やすさにも好評をいただいています。だからいつでもどこでもはもちろんなのですが、これからのいい季節、お気に入りの場所で、ときには風とともに楽しむのもおすすめです。作品世界がまた新鮮に広がるかも。

今月の風

いっせいにルンバ逃げ出す秋夕焼
おおさわほてる

ロボット掃除機のルンバ。ウチも年来お世話になっている。今どきの機種はAIを搭載して、話しかけるだけで清掃を始めたり、ゴミ捨てまで全自動のもあるとか。そんな献身的な働きものが一斉に逃げ出すんだから、よほどのことが起きたに違いない。もしや主人公も一緒に? 本作、ルンバの逃走をもってシンボリックに描かれているものはなんだろう。近未来か現実社会の一端か。見事な秋夕焼は、見上げるほどに深くなる。

ルマンドの脆さのままで愛される
小原由佳

こちらも商標の生かされた句。ご存じブルボンのルマンドは昭和から平成、令和に至る大ロングセラーのクッキー。庶民派価格にしてお洒落感があり、甘いけど甘過ぎず、さくっとかじればほろほろの食感。そのほろほろのように脆くもある主人公が、脆さごと大切に愛されている。二人のさりげなく丁寧に紡がれていく日々を思い浮かべながら、香りのいい紅茶など添えたい川柳。

友だちの友だち夏の置き土産
平尾正人

友だちの友だちが置き土産を残していったのか。あるいは、友だちの友だち自身が置き土産なのか。さらに、その置き土産を主人公は喜んでいるのか、ナンギしているのか。句では積極的には語られず、どうか察してくれと言わんばかり。それが妙に切実で可笑しく、つい想像力で深入りしたくなった。まあでも、夏の置き土産って概して厄介ですよね(笑)。

三匹のこぶた三種のマスク買う
浅井ゆず

童話をモチーフにして、世相が活写された。目下、ニュースでは、盛んに不織布マスクが推奨されている。着け心地のラクな布やウレタンマスクでは防御効果が低いらしく、あれほど世を席捲したマスクファッションブームも、すっかりしゅんと落ち着いてしまった。というわけで友人がせっかく縫ってくれた刺繍入りマスクもしばらくはお蔵入りにして、今は末っ子こぶたくんの地味にこつこつ、に倣おう。

敬礼す大編制のアキアカネ
川田由紀子

郷愁を誘う秋の風物が、なんとも物々しく詠まれているのに立ちどまった。軍隊色の強い「編制」という一語が使われている。がしかし、ここは明るくとらえたい。アキアカネの群れは、たとえば地球防衛軍とか、ね。見えざる邪気を追い払うように大移動していく先は、穏やかに晴れ渡り、平和のありがたみ、ほっとつくづく。

すぐになきだすりんどうのかはんしん
澤野優美子

竜胆が子宮の隅に宿った日

千春

竜胆は花の濃い紫やすっくとした佇まいもさることながら、言葉の響きも美しい。そんな秋の代表花が、今月の2作にドキリと登場した。
1句目。「りんどう」を変換すれば、一応、林道も倫道も出てくるけれど、本作ではやっぱり竜胆。として、なきだすの「なく」は、泣く、鳴く、啼くと読み手が自由に変換していいのではないかしらん。ひょっとしたら泣きながら鳴いていたりもする? その揺らぎもまた官能的で。
一方、2句目は神秘に満ちている。主人公の「あ」と同時に私も「あ」と声をあげた。なぜ竜胆かを考える前に、リクツ抜きに釘付けになる。こんなに健気な竜胆を目にしたのは初めて。げに子宮はさまざまを宿し、ときに宇宙から星が流れくることもある。

王様が来て適当なことを言う
重森恒雄

王様もさることながら、「ははっ、仰せのとおりに」なんて神妙に頭を下げつつ、半分くらいスルーしてそうな家臣もかなりの適当系と察する。さらに掲句の確信犯的に適当っぽい書きぶりにも、脱力と笑いを誘われた。おかげで肩が軽くなる。さて、適当とは寛容でもある。適度に適当に、受け入れ、許し合い、みんな違ってみんないいのだ。