総評

2022年6月   西田雅子

会員作品第11回をお届けします。
紫陽花の美しい季節になりました。
雨の日も多くなる6月。
そんな日は雨の音をBGMに、ゆに。
出勤途中やお昼休みにスマホで、ゆに。
梅雨最中、心の中は、晴れやかに。
今月もゆに作品をゆっくりどうぞ。

今月の風

逢うわけにいかなかったよネロリの香
藤田めぐみ

ほんとうは逢いたかったけれど、やっぱり逢うわけにいかなかった。なにやらいわくありげな事情がありそう。こんなときにはネロリの香。オレンジのような明るいさわやかさと、華やかさをもつ魅力的な香り。心が落ち着き、気持ちも前向きに。やさしく励ましてくれる、今必要な香り。お酒もいいけれど、今晩はネロリの香りに包まれて眠りたい。

山盛りに千切った写真舞い上がる
本海万里絵

写真を千切るのは勇気もエネルギーもいる。余程忘れたいとか、思い出したくないとか、許せない等々。千切っていたらいつの間にか山盛りになってしまった。バラバラに千切られた笑顔や思い出の場所が舞い上がり、舞い落ちる様は花吹雪のよう。これで、あれもこれもきれいさっぱり。新しいわたしに。

肩ごしのみどり和解を予感する
山崎夫美子

青葉若葉の美しい季節。みどりには身も心もほぐしてくれる不思議なパワーがある。相手の肩ごしに見えるみどりも背中を押してくれる。そろそろ和解してもいい頃。何を反発し合っていたのか、意地を張っていたのか、それもすでにみどりの中に溶けてしまっているよう。みどりの季節は、前に進むための和解の季節でもある。

細編みの呪文うろこは夢幻色
吾亦紅

細編みは、かぎ針編みのもっとも基本的な編み方の1つ。全体的に細かく、編み目がギュッとした感じ。編み針で糸をすくって、掛けて、引き抜く、これが1セットで、この繰り返し。編み物が得意な人は、リズムよく編んでゆく。それはまるで、指が呪文を繰り返し唱えているようだ。規則正しく揃った編み目はまるで鱗のように見える。編み物をしているときは、無心になれる。でき上がりをあれこれ想像しながら編むのは至福のときにも。糸の配色を変えれば、編み目はうろこのようにキラキラ輝き、夢のよう。この幸せな時間は私だけのもの。

詩歌詩歌とかみしめるしかないするめ
岩田多佳子

少し硬くなったもち米のお菓子を食べたときのこと。ずいぶん前に治療して奥歯にかぶせていたクラウンがきれいに取れてしまった。なかなか噛みきれなくて、まさに上下の歯の間でお餅をついている状態で、ポロッ。特に痛みはないので、そのままにしているが、片側の歯だけで食べるようにしているので、思いっきり噛めない。さて、掲句、「詩歌詩歌しーかしーか…」と噛みしめて、まさかの「するめ」への転換。確かに、するめは噛み応えがあって、噛みしめるほどに味が出る。詩歌も同じく、噛めば噛むほどいい味が出てくる。噛み応えのある句を読むには、顎と歯を鍛えねば。とりあえず、歯医者へ。

新緑の闇に伏すブレイクダンサー
海野エリー

ブレイクダンスはストリートダンスの一種で、もともとは路上で踊るダンス。ダイナミックな動きで、頭や背中で回ったり、逆立ちで止まったり…特有のリズムとステップで踊る。そのダンサーが新緑の闇の中に伏せている。それもダンスのポーズのひとつ、ではなさそう。若物に人気のダンスなので、輝く新緑の光にぴったりの気もするが、光があれば、闇もある。新緑の闇はダンサーの闇を映しているのかもしれない。

修羅場の場数を踏んでいる小指
芝岡かんえもん

何年か前に肘の手術をしたとき、術後に小指のしびれがなかなかとれなかった。主治医の先生に、「小指のしびれがとれなくても、特に困らないので、リハビリはいいです。」と言ったところ、小指がいかに他の指だけでなく、身体全体に貢献しているかを熱く語られた。握るときに、小指に力が入らないとうまく握れない。コップをもつときや何かをつかむとき等、小指を添えるだけで、格段に動きがスムーズになる。なるほど日常の動作に大事な役割をしている。その上、大切な人との約束のゆびきりの指は小指。ときに嚙まれたりするのも、小指。ほかの指に比べて、圧倒的に修羅場を踏んでいる。

茶畑の新芽ツンツン飛べそうな
林 操

ただいま新茶前線、日本を北上中!茶畑から新芽がいっせいに顔を出し、グリーンが一層鮮やかに。今は静岡や京都だけでなく、各地で個性的でその土地ならではの味わいのお茶がある。ツンツンと空に向かって顔を出す新芽は今にも飛んでいきそう。コロナでおうち時間が増えたとき、自宅でほっとひとときお茶を楽しんだ人も多いはず。新芽の鮮やかなお茶畑を思い描きながら新茶をいただけば、リフレッシュして、また元気になれる。ツンツンどこかへ飛んでいきたくなる。