総評

2023年7月   西田雅子

7月の会員作品をお届けします。
梅雨が明け、きらめく光の中、
ことばの冒険に出かけませんか。 

今月の風

メレンゲに潜ませているエコノミスト
河村啓子

数十年前、日本中がバブル景気に浮かれていたときがある。不動産や株を持っていた人々は皆、得をした。そしてあっと言う間にバブル崩壊。まさに泡のように消えて…。今の日本は泡でなくメレンゲ景気か。メレンゲも泡のように実体はあいまい、それでいて泡より甘い。メレンゲの下ではエコノミストが甘い分析。

継皮を見せ合うサワー梅雨の星
河野潤々

継皮を見せ合うとは、いろいろな過去を重ねてきた自分をお互いに見せ合うことだろうか。梅雨時の晴れた夜空の下、涼やかな星の光に誘われて、何杯目かのサワーで、過去の継ぎ目から覗く失敗談などついポロリと話してしまう。傷や弱さを共有できる優しい星の夜。

忘れたい日々を海月の再浮上
海野エリー

忘れたい日々とは、過去のつらい出来事や日々、あるいは甘く切ない思い出だろうか。いつもは胸の奥深く眠っている記憶や思いが、ゆらゆら浮遊している海月のように、あるときふわっと浮き上がってくる。忘れたいのに忘れられない日々。もしかしたら、忘れたくない、忘れてはいけない日々として、意識の底に沈んでいるだけかもしれない。いつでも浮上できるように。

フラミンゴのだみ声 臭うトウシューズ
宮井いずみ

フラミンゴには淡いピンクから鮮やかな紅色の羽毛がある。数千羽から万単位の大きな群れでの独特のダンス(行進)が有名。また、細くて長い脚が特徴的で、一本の脚で立つ姿は、バレリーナが脚を長く見せるためでもあるトウシューズで、片脚で立つ姿とも重なる。どちらも視覚的に優雅で美しい。一方、フラミンゴのだみ声や臭うトウシューズは、幻想的で優美な姿とは逆の、それぞれ聴覚と嗅覚からの、リアルな「生きている」である。

ジャムの蓋べとり黙秘権行使
菊池 京

久し振りに冷蔵庫から取り出したジャムの瓶。半分くらい残っている。トーストにつけて食べるとそれはもう、最高!が、大切にし過ぎて忘れかけていた。さてと、蓋を開けようとしたが、ムム、開かない!握力がなくなったか。さらに力を込めて、息を止めて、開ける。ダメだ。「べとり」に絶対開けさせないゾ、という蓋の強い意思が感じられる。蓋としての権利、ジャムの情報を守るという使命感からの黙秘権の行使か。ジャムの蓋は固く閉じられたまま、トーストは冷めてゆく…。

ドアに指挟む程度の恋の傷
黒川佳津子

ドアに指を挟んだときの痛いことといったら…。思わずドアを蹴飛ばしたくなるような。その程度の恋の傷、としているけれど、これはけっこう堪えるはず。ドアを開けるか閉める度に思い出し、そっとドアを開けたり閉めたり。とはいうものの、飛び上がるほどの痛みも、なぜか時と共に忘れたりして。恋の傷もそのうち癒える、ならいいけれど。

ぴったしの靴で窓から出られない
重森恒雄

靴がぴったしとは、現在の環境や立場が自分にぴったりで、窓の外へ出る必要がないというように自分を束縛してしまっている状況かもしれない。それなりに居心地はいいものの、本来の望みや夢はあきらめているような。ここでは、扉やドアではなく、「窓」。ドアに比べると、窓から出るには勇気と覚悟がいるので、なおさらのこと。

宇治氷攻撃的なおせっかい
芳賀博子

友人とかき氷を食べていたときのこと。仕事や友人関係の話をしたところ、「私がかわりに言ってあげる。」とか「そういうときはこうすればいいよ。」と、次々とアドバイス。友人は宇治茶のかき氷。インスタ映えする見事な姿。宇治茶のグリーンがやけに生々しく光って、かき氷からもなにやら圧が。こちらというと、苺ミルクのかき氷を崩さないように食べながら、友人の攻撃的なおせっかいにじっと耐えている。