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2023年10月   芳賀博子 

今月の風

阪神のアレと私のアレとの差
浅井ゆず

今年の流行語大賞間違いなしとの呼び声も高い「アレ」。阪神が実際にリーグ優勝したことでニュースでも大きく取り上げられ、さっそく時事川柳や川柳句会にもじゃんじゃん登場している。が、本作は旬の一語を単に機智で詠みとばすのではなく、自身の小さな屈託と並べて
「個」が立っている。ユーモアにもさりげなく陰影がある。

害獣に過ぎぬ三面鏡の顔
真島久美子

ガ、害獣!? と字面も濁音のインパクトもいきなり強い。しかしひと口に害獣といってもヌートリアにハクビシンからネズミ、クマ、シカの類まで地域によって、害獣とされる生き物はさまざまだ。そのどれに似ている? というより、鏡の今日の顔をみて、ふーっと深い吐息をつきながら、新種の害獣認定をしているような自虐が可笑しい。さっそく駆除するにも、相手は三面鏡に三体もいてなかなかに手強そう。

明るい目暗い目秋の風ふわり
弘津秋の子

リズミカルに詩情がそよぐ。「明るい目暗い目」とは自身のリアルな目の感覚かもしれないし、移ろいやすい恋人の目かも。と、ふとサイコロの目が浮かんだ。小さなサイコロを振って、明るい目が出たり、暗い目が出たり。どちらであっても少しずつ人生は前へ進んでいく。「秋の風」が深読みを誘い、「ふわり」の余韻がやさしい。

喪にふくす夜のパンには缶コーラ
阿川マサコ

「ふくす」の平仮名表記に注目した。服す、ではなく敢えての平仮名が「パン」や「缶コーラ」の軽さと相まって、むしろ悲しみがより深く表現されている。コーラがペットボトルではなく、缶なのも
いい。缶の炭酸ものは、いったんプシュッと開けると飲み干すしかなくて、そこにも作者の心情が投影されているよう。

大仏様大きなお口子守歌
堀本のりひろ

大仏様や大きなお口という表現。また、動詞を用いずに五、七、五と片言めいたつなぎ方も、韻文ならではというより、子どものような無邪気さをまとっていて、だから下五にどきりした。「子守唄」は大人のボキャブラリーに在り、そのギャップに立ち止まる。大仏様を見上げながら、そのお口で子守歌を歌ってほしいと願う、齢重ねた大人の童心が沁みる。

血圧を測った浪江町役場
吉田利秋

東日本大震災で甚大な被害を受けた福島県浪江町。原発事故によっていったんは全町が避難を余儀なくされ、今も復興途上にある。少し作者のプロフィールに依って読むと、吉田利秋さんは関西在住ながら、定期的に浪江町を訪れ復興支援に携わっておられる。掲句、ただ町役場で血圧を測った、という小さな事実のみが十七音でカットされている。が、その行為にも、そこを書くことにも人間味があふれていて、浪江町の今に読み手の思いをいたらせる。

寿ぎも会計も拒み敬老の日
朝倉晴美

敬老の日には久しぶりに家族揃っておいしいものでも食べにいきましょうよ、の計画に、肝心の主役が乗ってこない。老いをみんなに寿がれたい気分でもないし、どうせお会計は私なんでしょう、とは見事図星? なんて辛口ホームドラマがいきなりテンポよく展開して、くふふと笑ってしまう。五八六の破調も波乱含みで。

忘れてもいいけど月は出ていたよ
小原由佳

こんな風につぶやかれたら、ただうなずくしかないかなあ。忘れてもいいけど、でもあの日の月は忘れてはいけないよ、とやさしい圧をかけられているような。両者の関係性や、月が出ていたあの日に何があったのか、とても気になる。リクツや散文的な整合性より、良い意味で感情のノリを優先させたポップな抒情が冴えている。