今日の一句 #659

何という武器かともかく逃げること
柴田午朗

句集『きのこ雲』(復刻版)より。
本書は広島川柳会が発行したアンソロジーで
初版は1956年(昭和31)に発行されている。


作者の柴田午朗(1906-2010)は
島根県出身で、昭和16年に応召。従軍。
敗戦後は地元へ戻り、柳壇の発展にも尽力。
島根県川柳協会初代理事長を務めた。


その柴田午朗が
本書第一部「きのこ雲 ーあの日を生きて」の中で
あの日の「ヒロシマ」を句に刻む。


 這うて出た眼にお隣は火の柱
 大火傷の人から水を恵まれる
 妻と手をつなぎ屍臭の深き中
 生きている不思議を語り友を掘る


同じく第一部の作品から、


 逃げ道を教えた人も火にまかれ  定本広文
 一瞬の位置が生死を分けた位置  田村秀宗
 先生の死屍は大きく手をひろげ  馬場木公
 焼け肌へいたわる布を娘はもらい 森脇幽香里 


編集にあたった一人として、森脇幽香里が
初版のあとがきの最後に、こう記している。


 ささやかではありますけれど、
 広島で原爆を受けた責任において
 川柳人としてその作品に
 人間の怒りやかなしみをこめ、
 ここに「きのこ雲」を世に贈って、
 平和へ鳴らす川柳の鐘とする次第であります。


(句集『きのこ雲』復刻版/広島川柳会 1988) 

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